カレンダーを見なくても、常にインプットされているあいつの誕生日。
俺としては、松山の喜ぶ顔がみたくて、この記念日に何かをしてやりたくてしょうがないのに、プレゼントも思い浮かばず、結局は「おめでとう」と言葉を伝えるしかできなくて。
もどかしくて、やるせなくて。
本人は『祝ってもらって喜ぶって年でもねえし』とツレナイものの、俺の一言に照れたような、はにかんだ顔をみせてくれるのだ。
でも俺は、松山に楽しんで欲しいのだ。
なんだかんだいったって、年に一度のお祭りだ。この世に松山光が存在してくれているっていうことに俺が感謝する日なのだ。
今年も何をやればいいのか思い付かなくて、ふらっと入った店で何気なく手にとったブルーのシャツ。
ブルーといっても深い青で、むしろ藍とか紺といった色だ。
「いい色じゃないですか?さらっとパンツの上に羽織るだけでも、かなり印象が違いますよ」
いつの間にか俺の隣にきていた店員が、そのシャツを薦める。
特に買うつもりはなかったけれど、もう一度まじまじとその布を手にとって眺めてみる。
「俺が着るんじゃねえんだけど」
「プレゼントですか?」
「・・・まあ、そんなもんかな」
「こちらだと男女兼用ですし、だぼっと着ても可愛いですよ。形はシンプルですからね。色の白い女性はこういう色だと表情も映えますよ」
「じゃあ、これもらおうか」
松山がこれを着ている姿が容易に浮かぶ、絶妙なセールストークに、俺はまんまとひっかかった。
まあ、相手はまさか男だとは思ってねぇだろうけど・・・。
約束はしていなかったけど、21日に手渡したくて松山に会いにいこうと思った。
日中の予定はきいていなかったので、電話をしようか考える。
ちょうど20日から21日に日付けが変わる時間だ。おめでとうのメッセージも兼ねてしてみるか?いや、やっぱり顔みながら言いたいしな。
こんな夜中だけど、急に押し掛けたらイヤな顔するだろうか。松山はウチから30分のところに住んでいる。
でもやっぱり電話してからいった方がいいか・・・。こんな時間にくるんじゃねえ!!とかいって怒って玄関あけてもらえなかったら最悪だしな・・・。
携帯電話に手を伸ばすと、突然鳴りはじめた。
液晶をみると意外や意外、松山からだった。
「もしもし?日向?俺だけど」
「松山、今電話しようかと思ってたんだ―――」
「どーでもいいけど今お前大丈夫?」
「大丈夫に決まってんだろ、あ、もう日付け変わったな。たんじょうび―――」
おめでとう、といいかけて部屋にインタホーンのチャイムが鳴り響く。なんでこんな時に!いったい誰だっつーの。しかし、今は松山と話をする方が先だ。
ファンには決してこのマンションの場所を公開していない筈なのに、たまに夜中におもしろ半分なのか俺の家の番号を押すヤツがいるのだ。オートロックなので、姿を確認してそーゆーヤツは当然管理人におっぱらってもらっているのだが。
きっとコレもそんなヤツだろう。モニターを確認するまでもない。
「松山、誕生日おめでとう」
「あー、そんなことはいいからよー、客きてんだろ、客!!」
「なに?コレ聞こえたか?なんかさっきから連打するアホがいるんだよ・・・。全くこんな夜中に迷惑だよな〜。せっかくオマエと話してんのに」
「おめーはきた客に対してそんな態度とんのかよ?あ〜〜〜〜〜!!!」
だんだんと松山の声が険しくなってくる。どういうことだ?
俺に気を使ってくれてるんだろうか。そんなことどうでもいいのに。俺は松山のほうが大事なんだから。
「日向!!いい加減にふざけんのやめて早くあけろよ!!!」
「え?」
「モニターみてんだろ!!!!」
いわれて、まさかと思いながらもモニターに映された姿をみた。
俺は急いでオートロックを解除した。
エレベーターの前で待っていると、ドアがあいた瞬間、松山が吃驚していた。
「おまえんち知ってんだから、ココまでこなくていいのに」
「・・・つーか・・・。どうした?」
同居はしていないけど、お互い近くに住んで互いの部屋を行き来している関係だ。
だけど、突然こんな形で松山がやってきたことはなくって。一瞬なにがあったのかと思ってしまうのは仕方がないことだろう。
「俺、今日誕生日なんだ」
「勿論知ってるさ。何度でもいうがおめでとう、松山。とりあえず部屋はいれよ」
「日向、誕生日プレゼントさぁ・・・」
「そうそう、用意してあるから―――」
「今年は俺の欲しいモンもらってもいい?」
「・・・お前の欲しいもの・・・?」
「うん」
「俺がしてやれることなら勿論だが・・・」
「じゃあ、とりあえず風呂入って寝るか♪」
てっきりこんな台詞を松山が吐いたので、俺は松山が「したい」のかと思い、いたずらに体温があがってしまった。いつもしていることなのに、こういう風に求められるのは初めてでどぎまぎしてしまう。
だが―――。
勝手しったる他人の家で、松山はシャワーを浴びると俺のTシャツに勝手に着替え、「おやすみ、それじゃあ朝にな」と俺のベッドに入ってくーくーと寝てしまった。
あっけにとられて、俺は結局寝てしまった松山を起こすこともできず、ひとり盛り上がってしまった自身を寂しく風呂で慰めて、まんじりともせず朝を迎えた。
「いったいなんなんだよ?」
爽やかに目覚めた松山に、少し刺のある口調で問いつめてしまうのは許して欲しい。
松山はにこにこと笑いながら、またあの台詞。
「俺、今日誕生日なんだ」
「だから、それはわかってるし、お前の欲しいモンだってやるよ!!!だからなぁ・・・」
「別にモノがほしいわけじゃねえってば」
「?」
「今日一日、日向の時間を俺にちょうだい?」
本人は意識してないだろうけど、上目遣いにそんなことを言われて、俺は少しイライラしていたのも忘れ、おおきくうなずいた。
よくよく話を聞いてみると、夜中にやってきたのは、毎年、誕生日メールやら電話攻撃がすごかったり、松山の所属するチームの悪友どもが部屋に押し掛けて競うな気配があったから、慌てて俺のところへ逃げてきたということだった。
「今年は、お前と過ごしたいな、って思ったから」
ちょっと照れながらもそういってくれて、俺はまるで自分がプレゼントをもらったかのように嬉しくなった。
そうなんだ。プレゼントを選んだり、それを渡した時の松山の表情に癒されたり、毎年、松山の誕生日を楽しんでいるのは俺の方なのかもしれない。
そうして、松山のリクエストどおり、朝から都庁にのぼったり(東京一高い場所にいってみたかったらしい)、街をぶらぶらしたり過ごしている。
こんな誕生日もいいかもしれないな。俺の誕生日のときも、松山の一日をプレゼントしてもらおうか・・・などと考えながら少し歩みが遅くなる。
前をゆく松山が振り向いて笑った。
「はやく!一日はあと8時間しかねえんだから」
まだ、初夏で明るい夕方の空をバックに、ブルーのシャツが良く映えていた。
終わり。