雨音がやけに大きくなったと同時に、雨の匂いが部屋のなかへひたひたと侵食してくる。湿った空気を纏った松山が、玄関に立っていた。
「外、すげえ雨」
その姿を見れば、松山の言葉を聞くまでも無く容易に察することができた。
傘をさし忘れていたというわけではあるまいが、全身ほぼびしょ濡れだ。わずかに上着に雨に侵されていない乾いた布が見て取れるだけだ。
俺は無言で立ち上がると、おもむろにバスタオルを取り出すとそれを掴んで松山に投げた。
「サンキュ」
玄関先で、雨水を含んで重くなった衣服を脱ぎ始めた松山の首筋を、やけに明るい蛍光灯が青白く照らし出している。
そこに遠目にもわかる、いやに主張するような真っ赤な充血の跡を発見する。
(今までどこにいってたんだ、こんな遅くまで。)
その一言すら言い出せないまま、俺は黙ったまま松山の前に立った。
「なんだよ日向」
視線を感じた松山がカラダを拭く手を止めて、俺を見上げた。
松山の側に寄ると、雨の匂いだけでなく仄かに石鹸の香りが鼻腔をついた。俺は松山に乱暴に口づけた。言葉のかわりに口付けで責める。
外でシャワーを浴びたのか?
ソレは誰に付けられたんだ?
松山は暫くの間、俺にされるがままに舌の蹂躙を許した。松山は突然のこの行為を何とも思っていないのか。俺ばかりが焦っているのか。俺は、しつこく松山の舌をからめとっていたが───
「───っ!」
舌を嚼むなんてひどいじゃないか。御挨拶だな松山よ。
「てめえが、急にしてくるからだろ」
「・・・なんでされてるのかわかってんだろう?」
絞り出した俺の言葉に、松山は曖昧な笑みを浮かべた。
そして、考えるそぶりを見せて、さも気が付いたかのように言う。
「今日は遅くなるって言って無かったけ?何、日向それで怒ってるのか?だったら御免。ほら、前に言わなかったか。今度、若林と飯食いに行く約束したんだって。ソレが今日だったんだよ。若林がお前にもよろしくって言ってたぜ。駅でタクシー待ってたんだけど、急なこの大雨だろ。めちゃくちゃ並んでたから歩いて帰ってきたんだ。その方が早そうだったからな。でもこんなに濡れちまったな」
あらかじめの嘘の果てか?立て板に水で、一気にまくしたてる。
しかし、瞬きが嫌に少ないぜ?自分では気付いて無いだろうがな。
俺は、ゆっくりと息を吐くと、松山の腕を掴んだ。
「・・・・・だったら雨が止むまで、若林んとこいればよかったろう」
松山は、眉を少し顰めると、俺を真直ぐに睨む。
「若林んとこ───って、なんだよ。俺は飯食ってきただけっていったじゃねえかよ。それに、この雨、夜中には止むだろ?大体、雨宿りとかしてきても、怒るんだろ日向はよ」
「怒らねえよ・・・」
むしろ、雨宿りだといって帰ってこないほうが良かった。
今の俺の腹の中は、悪意の波長で大荒れだった。誰に?松山に?若林に?それとも自分自身にかわからないが。
それに松山、この雨をみくびるな。ずっとずっと降り続く。そう、外の雨も、俺の中に降ってる雨も。
そして鳩尾を蝕んでゆくんだ。深く、深くと。
俺の掴んだ腕を乱暴に振りほどいた松山は、不機嫌な表情のまま、服を全て脱ぎ捨てた。
「おい、日向、寒いんだよ!」
喧嘩をふっかけるように俺に怒鳴りながら、今度は俺の腕を掴み返し、そのまま俺を寝室へとひっぱっていく。
「ほら、脱げよ。したいんだろ」
「・・・・・」
それには言葉をかえさなかったが、松山のいうがままに俺は身に付けていたものを、ゆっくりと脱いでいった。
それを確認するようにじっと見ていた松山が、最後の下着から足を抜くと、ベッドに横になった。
ダイニングの明かりが扉から差し込み、真っ暗では無い灯りのついていない寝室の中で、松山の白い裸体がぼんやりと浮かび上がる。
遮光カーテンをまだひいていない、外に面した大きな窓からは、雨に滲んだ街の灯が揺れて見える。
ベッドに横になった松山にかぶさるように、俺もベッドに上がると松山の背に手を回しながら、肌を寄せ抱き締める。
先程、寒いといった松山の言葉は嘘では無かった。雨に濡れ体温を奪われていたのか、一瞬身を竦める程冷たくなっていた。
重ねた肌からは、俺の体温が松山に奪われて行く。
ゆっくりと首筋に唇を寄せた。
先程の鬱血を見つけて、そこを避ける。
俺には、コレを付けたヤツに負けじと更に同じ場所を吸える程の度胸は無い。
むしろ、怯えるように、そこに触れてしまわないように気を付けながら、口付けを落として行くのだ。
でも───と、思う。
この跡以外に、今俺がなぞった松山の肌を、同じように誰かが既に辿っていたのでは無いか。
松山に欲情する同じものとして、一ケ所だけで満足するとは思えない。
悔しい。腹立たしい。
簡単に俺以外に体を委ねる松山が、俺以外の誰かが、そしてふがいない俺が。
そして、松山は外での行為を俺にバレないようにしている風なのが、余計に俺を責め立てる。
辛いのは俺なのに、はっきり松山にやめてくれと言えない、情けない俺が攻められる。言葉では無く態度で。行為で。
それでも、松山の体を前にして沸き上がる情欲を押さえられない。頭の中では、心の中ではぐるぐるとしているのに、松山の肌理の細かい肌を嘗めながら、手を這わすことで、どんどんと俺自身は昂ってきている。
既に、勃起して松山の下半身にそれは擦り付けられている。
「・・・・・んっ」
舌は松山の乳首に辿り着いた。その小さな突起を口に含み、押しつぶすように上下の唇で挟むと松山が小さく身じろぎした。
松山はなかなか声を出してくれないが、こうやって漏らされるため息にも似た声がたまらない。
やっぱりセックスの時は派手にあんあん言われるよりも、堪え切れずに漏らされる声がたまんないと、酒の席でいっていたのは誰だったか。若林か?
乳首を転がしながら、右手を松山の下半身に伸ばして行く。
勃ちあがりかけている松山のモノを、握ると形に添うようにゆっくりと擦りあげる。
気持ちよいのか、松山の腰が浮き上がり俺の手に押し付けてくるようになった。
「・・・・・ひゅうが、ほら」
松山の手が、勃起した松山の手に添えられた俺の手を剥がす。
これは、次にすすめとの合図だ。
俺はいつものように、一回体を離すと体制を替え、松山の下半身におおいかぶさる。そして松山の男性自身をばくりと口に含んで、しゃぶる。
俺の口の中で、松山はどんどん大きくなっていく。
袋のほうも揉みながら、一心不乱に俺は口のなかいっぱいに広がったモノに刺激を与え続けた。
突然、頭をがしりとつかまれると、松山の腰が小刻みに揺れはじめる。
そろそろだろう。
「───ああ!」
松山は大きく震えると、俺の口の中で弾け、精液を放出した。
ためらいなく俺はごくりとそれを飲み込む。
そして、口を拭うと、松山を覗き込んだ。
松山は荒い息をつきながら、俺の視線に気付いて、閉じていた目を薄く開いた。
「ほら、いれるんだろ」
俺はこくりとうなづき、松山の後孔に自分の唾液で濡らした人さし指をゆっくり差し込んだ。
異物感に入り口が窄まり、俺の指を締め付ける。
暫く、指の抜き差しをくり返す。俺の勃起したものが、早く松山に締めつけて欲しいと体の中心で震えている。
「・・・ひゅうがさぁ・・・」
「・・・・・」
「ホント俺のこと好きだよな・・・」
「・・・嫌いだ」
最中に、あまり喋りたくは無いから俺は返事をしないのだが、逆さ言葉でさかなでる。でも、松山が逆なでられる事は無く、逆なでてるつもりの俺のほうが煮詰まって行くだけだ。
好きだ。松山が滅茶苦茶好きだ。
でも、それをそのまま伝える事ができない。
夜が軋みをたてていく。俺の中の夜が。
松山の足を抱え上げ、ようやく松山の後孔に勃起したものを突き刺した。
「はぁ・・・・・」
「まつやま・・・・・」
ぐいぐいと腰を動かす。バカみたいな動き。エロビデオで男優の動きをはじめて見たとき、なんて間抜けな動きだと思った。
でも、誰に教えられる事もないのに自然と同じ動きを俺はしている。
より、気持ちよさを求めて、松山の後孔のナカの壁に俺自身を擦り付ける。
俺の動きにあわせて、松山の体が揺れる。
「んっ・・・・・・あっ・・・・・」
思い出したように松山の中心をまさぐると、松山のものも再び勃起し固くなっている。片手で擦りながらも、腰の動きは止められない。
絶頂が近付いてくる。
松山自身から手を離し、しっかりと両手で松山の腰をつかみあげると、俺に引き寄せるようにしながら、更に腰を激しく動かした。
迸りが入り口を目指してかけのぼってくる。
「で、でる───」
松山のナカに俺は全てをはきだした。
たまならい放出感に、倒れ込みそうになりながらも、まだ放出を迎えていない松山を手で擦りあげる。
鈴口を擦ると、松山もふたたび迸った。
しばらく無言のまま、ふたりでベッドに横になっていると、松山がサイドテーブルに手を伸ばしてステレオの電源をいれた。FMラジオだ。
ちょっと昔の曲が流れてきた。
俺も知ってる。たしか高校生ぐらいの時に流行ってた曲だ。
松山が、曲にあわせて口づさむ。
懐かしさに、そのまま曲が終わるまで、じっくりと耳をすませた。
その曲が終わると、松山が半身を起こした。
「ひゅうが」
「・・・・・」
「悪かった」
「・・・・・なんだよ急に」
重い松山の口調に、俺も半身を起こそうとすると、それは手で制された。仕方ないので、首だけを松山に向ける。
「俺、若林と寝てきた」
「・・・・・・・・」
「日向、知ってたんだろ。でも、お前いわねえんだもん。言えよ・・・。言ってほしかったんだよ」「・・・・なんで」
「日向、俺に好きっていわねえだろ?だから・・・・」
「・・・なんでそんな告白になんだよ」
「今の曲、覚えてるか。お前とはじめてセックスしたときに、今みたいにラジオから流れてたんだよ」
秘密と嘘のゲームは昔の歌でケリがつくのか。
松山は、ようやく言えたというように、実にさっぱりとした表情でさらにいう。
「俺は、おまえが好きだよ、日向。日向もいってくれねえけど、俺がすきだろ?」
俺の抱えていた憂鬱は、いつものように優しく包んでくれない。
そう、俺はひとり苦しんでいたけれど、その憂鬱さに包まれて、松山に言われたから仕方なくというような態度で松山を抱いて、それで満足していたということだ。
俺達は、低い温度でゆっくりと火傷をしていたんだ。
「雨、もう止むかな」
松山が、窓の外をみながら、ほっとしたようにつぶやく。
この雨をみくびるな。
まだ、雨は止まない。みぞおちを蝕むこの雨は。
雨をみくびるな。
「・・・日向、何、泣いてるんだよ」
この雨をみくびるな。
おわり。