『なぁ、俺んち、来ないか?』
「あモ?」
………我ながらなんて間抜けた返事をしたんだろうと思う。
セカンドステージが終わって久々にまとめて取れたオフ。取り立ててする事もなく、いつものように自主練に励むつもりだった。
そこへ日向からの電話。
で、イキナリ言われたのがこのセリフ。
俺んち?日向の家ならわざわざ誘ってもらうまでもなく、何度でも行ってるんだから、改まって言われなくても…
『イヤ……実家の方でよ、祭りがあるから来ねぇかなと思ってよ。』
あ〜なる程、実家ね。確か日向のヤツ、プロになってすぐ自分で家買ったんだよな…この歳で。スゲェヤツ。
「別にかまわねぇけど…でも俺なんかが行っていいわけ?お前だって久し振りに家に帰るんだろ?家族水入らずで過ごしたらいいじゃん。」
そう言うと日向は黙ってしまった。俺、何か気に触る事言っちまったか?
「日向…?」
『……お前にッ…俺の家族に会って欲しいんだよっ。』
受話器越しにテレた様子の日向が伝わってくる。
そんな日向の姿を想像するとなんだかおかしくて…
「分かった。じゃ、明日。ああ、じゃあな。」
上ずる声を押さえるのが大変だったけど。
電話を切った後、明日を楽しみに待ってる自分がいるのも確かだった。
次の日、昼過ぎに日向が迎えに来た。
なんだか雲行きが怪しい…
確か祭りがあるって言ってたよな〜
けっこう楽しみにしてたんだけど…で、素朴な疑問を投げつけてみると、
「大丈夫だ。雨が降ったら次の日だ。」
なる程…って2泊すんのかいっ;;と思わずツッコミを入れたくなったが、隣で運転をしてる日向を見てやめる。
見とれてしまった自分が恨めしい…
考えてみたら二人で会うのって久し振りなんだよな。
ま、お互いプロになったばっかりで忙しい身だし。
なかなか会えなくて寂しいなんて思わないけど、やっぱりこうやって会えるのは嬉しいよな。
「なにニヤニヤしてんだよ。そんなに俺に会えて嬉しいか?」
知らずほころんだ顔をミラー越しに見られていたらしい。
図星を指されてドキッとしたけど。
「自惚れンなっ!あほっ!」
ミラーに向かってあっかんべ〜をしてやる。
あっ…笑いやがったなっ
くそっ運転中じゃなかったらケリのひとつでも入れてやるのにっ
日向の実家には都心から高速を使えばさほど時間がかかる事もなく到着した。
「まぁまぁ、いらっしゃい。小次郎からいつも松山くんの事を聞いてるんですよ。」
「おい…母ちゃん…そんな事いいじゃねぇか。とにかく上がるよ。」
「はいはい。ごめんなさいね。疲れたでしょ?どうぞ。」
玄関先で日向のおふくろさんにに出迎えられた。
女手ひとつで日向達を育てたと聞いてる。
優しそうで、芯のしっかりしてそうな…ちょっと日向に似てるかな?
しかし…いつも俺の事って一体どんな話してんだよ…
「すいません。お世話になります。」
通された居間には小さな仏壇があって、男の人の写真が置いてある。
…日向の親父さんか。日向はおふくろさん似だな。
「へぇ…信心深いんだな。」
そんな事を考えながら手を合わせてると上から日向の声が降ってきた。
「別にそんなんじゃねぇよ。お前の親父さんだろ?当たり前じゃねぇか。」
「ありがとな。」
日向を見上げると嬉しそうに笑っていた。
おふくろさんに入れてもらった麦茶を飲んで一息ついてると襖の向こうがなにやら騒がしくなってきた。
「……お前らコソコソしてないで出て来いよ。」
「へへ…こんにちは〜」
日向に一喝されてひょっこり顔を出したのは、予想通り日向の弟妹達だった。
結構歳が離れてるとは聞いてるけど…
「松山さん、はじめまして。妹の直子です。いつも兄がお世話になっています。」
「…いや…こちらこそ…」
こっちの方が恐縮してしまう。思わず座り直しちゃったりして…
この兄にしてこの妹か?ずいぶんしっかりしてる。
「コイツな、お前のファンなんだってよ。お前が来るって言ったら大喜びでさ。」
「やっだ〜お兄ちゃん、言わないでよ〜でも安心してよね。松山さんはお兄ちゃんのものってくらい分かってるからね。」
ブ−ッと飲んでた麦茶を思いっきり吐き出したのは日向。むせてやがる…
俺は次の言葉が出てこない…
「え?違うの?だって母さんが…」
日向のおふくろさんと言えばにこにこ笑ってるだけだ。
日向のヤロー一体俺の事なんて紹介してんだよッ;;
「…でな、コイツが弟の尊と…あれ?勝は?」
ようやく立ち直った日向が直子ちゃんと一緒にいた弟を教えてくれる。
しかし、どうやら一人足りないらしい。
「部屋。兄ちゃんが良いって言うまで出てこないつもりだよ、アイツ。」
ぺこりと俺にお辞儀をして兄である日向の質問に答えるのは、尊君…かな。
どうやら一番下の弟である勝君とやらがいないらしい。
「…ったくアイツは何拗ねてんだか…」
「…何?」
「ああ、勝のヤツ、犬を飼いたいって言い出してよ。俺がダメだって言ったら拗ねちまいやがって…」
「なんで?良いじゃん。飼ってやれば?番犬にもなるしさ〜」
俺がそう言うと速答で却下された。
「ダメだ!犬なんてもんはな、吠えるし、噛み付くし、近所にも迷惑だ!」
イヤ・・それは躾の問題であって…なんて考えてるうちに俺はある答えに辿り着いた。
「…もしかして日向、犬、怖い?」
「ばっ…ばっかやろっ…んなわけねぇだろっ」
…このうろたえ様、当たりだな。
「ふ〜ん…ま、いいけど。」
ホントはもっとからかってやりたかったけど、弟達もいるしな…
「ごめん、俺、トイレ行きたい。」
「ああ、廊下出て左だから。」
「サンキュ。」
用を終えて日向達の居る部屋に戻ろうとした時、日向の縮小サイズを見た。
そのチビ日向はなにやらコソコソと台所らしきところで探し物をしていた。
「ね、キミさ…」
勝君だろ?と言おうとした時、驚いたのか、振り向きざま俺にぶつかり、そのままダッシュで部屋に逃げていってしまった。
…初めて日向に会った時、あんな感じだったかなぁ〜?日向はぶつかって殴りかかってきたけど。
逃げ込んだ部屋の前でしばし考え、そしてノックしてみる。
少しドアが開いていたので、覗いてみるとその子は壁に向かって座り込んでいた。
ドアの開く音がしたからか、こっちの方を振り向く。
よく見ると出会った頃の日向より少し幼い感じがする。でもよく似ている。
「ごめんね、勝手にさ。勝君…だよね?」
その子はコクンと頷いた。
性格は…日向とは違うみたいだな。
「お兄ちゃん、誰?」
「あ、ごめんごめん。勝君のお兄ちゃんの友達で、松山って言うんだ。よろしくな。」
振り返り、上目遣いに俺を見るチビ日向に目線を合わせる。
勝気な目…これが日向に似てるんだな〜
ふと、机の上にある動物図鑑が目に付いた。犬のペイジが開いてある。
「犬、好きなんだ?飼いたいの?」
「え…うん。でも兄ちゃん、嫌いだから…」
「へぇ…な、勝君が飼いたい犬ってかわいいのか?」
「うんっ!!ちっちゃくてねっすんごくかわいいんだ〜」
パッと表情が明るくなる。
「僕が行くとね、しっぽ振って寄って来るんだよ!すっごく賢くてね、おすわりもお手も出来るんだよ!」
まるで自分の事のように話し始めるチビ日向。ホントに嬉しそうに。思わずこっちまで顔が綻んでくる。
「でね、今、待てを特訓中なんだ。今日もこれから…あっ…」
突然口を押さえる。これから犬に会いに行く事は日向達には秘密なんだろう。
「ねっ、その犬、どこに居るの?俺も見たいな。」
「でも…」
「日向…っと、お兄ちゃんには言わないからさっ」
「ホント?」
「ホントホント。約束するよ。」
そう言って小指を差し出すと、チビ日向も小さな小指を絡めてきた。
そ〜とね…そ〜っと…抜き足差し足で、玄関まで辿り着き靴を履こうとしたその時、
「オイ、何やってんだよ松山。トイレに行ってなかなか帰って来ねぇと思ったらこんなところで…」
日向に見つかってしまった。
「イヤ…あの…その…まっ…勝君にその辺案内してもらおうと思ってさっ」
「案内って…俺がしてやるのによ。それに雨が降ってきそうだぜ?」
「それまでには帰って来るっ!じゃっ行って来るなっ」
日向がまだなんか叫んでるけど、聞こえないフリをして走る。
日向の家からしばらく歩くと、チビ日向は「ここだよ。」と、『明和小学校』と書かれた門を通る。
ここって…日向も行ってた学校だよな。
ここに通ってた時の日向と出会った時はアイツの事大ッ嫌いで、試合にも負けたし、全然良い思い出なんかないのに、、なんだかアイツが通ってたこの学校に偶然にも来てしまった事が嬉しかったりして。
多分その時代に比べると改築とかして、キレイにはなってるんだろうけど。
「お兄ちゃん?」
ふ、と門の所で足を止めてしまった俺を、途中まで先に行っていたチビ日向が呼びに戻ってきた。
「あ、ごめん。行こうか。」
「あっいたいた!!太郎〜〜〜」
体育館の裏でダンボールに入った小さな犬を見つけると、チビ日向は一目散で走って行った。
たっ…太郎?なんだか今日は懐かしい気分にさせられる日だな…
優しい旧友の顔が浮かぶ。
「太郎って言うのか?」
「うんっ!みんなで付けたんだ。でもみんな塾とかで忙しくってさ。」
そう言って少し哀しそうな顔をする。
「でも勝君が来てやってんだろ?太郎は喜んでんじゃん。」
チビ日向の隣に座って太郎を抱き上げる。
柴犬が少し入ってるのか、利口そうで、茶色い毛がふわふわしてる。
「お兄ちゃん、犬、好きなの?」
「ん?犬か?好きだよ。家にも2匹いるし…牛や馬もいるぞ。」
「えっすっげ〜」
「勝君は動物好きなの?」
「うん。大好き!」
「そっか。んじゃ、今度見せてやるよ。」
「やった〜〜!!約束約束!!」
今度はチビ日向の方から小指を出してきた。
顔はよく似ててもチビ日向の方が全然素直だな。
時間の経つのも忘れて太郎とジャレあってると、ポツポツと雨が当たってきた。
「もう行かなきゃな。」
日向も心配してるだろうし、傘も持ってきてないし。
でもちび日向はまだ名残惜しそうでダンボールの中の太郎をじっと見つめてる。
「…このままじゃ太郎、雨に濡れちゃうよね?」
確かに木陰に入れたところでそんなたいした雨除けになるとは思えない。
雨はあっという間に土砂降りになってきた。
…仕方ないか。
「ホレ、これ被って。」
俺は着ていたシャツを脱いで勝君の頭から被せると、太郎を抱えた。
「走るぞ。」
「遅い!!何やって…びしょ濡れじゃねぇかっ!!オイっ直子、タオル持って来いっ」
案の定、日向は玄関先で待っていた。
完全に濡れそぼった俺達を見て怒る気も失せたようだ。
…が、
「なんだ!!その犬は!!」
俺が抱いていた犬を見て顔色が変わった。そして心なしか後ずさったような…
「あ〜コレ?さっき、そこで拾ったんだ。雨ん中、可哀想でサ。」
「捨てて来い!!」
「え〜そういう事言う?日向?可哀想じゃん!外、雨降ってんだぜ?」
「いいから元居た場所に置いて来いっ!!」
「…んじゃ、いいよ。俺、今からコイツ連れて帰る。んじゃな。」
再び玄関を出ようとした俺を、案の定、日向は引き止めてきた。
「ちょっ…ちょっと待てっ松山!!…分かったよ。とりあえず風邪引くといけねぇし風呂、入れ。」
日向には見えないようにチビ日向に向かってVサインをする。
…ちょっと卑怯な手だったけどな;;
「勝君、先入って…〜〜っくしゅっ」
ブルっと体が震える。やべ。ちょっと寒ぃかも…
「ほらっ!ぐずぐずしてんじゃねぇよ。二人で一緒に入って来い!ついでにその犬も…キレイに洗って来いよ!!」
そう言い捨ててさっさと部屋に戻ってしまった日向の後姿を見ながらチビ日向と二人、思わず笑ってしまった。
「うわ…すげっ」
ずうずうしくも先にお風呂を借りて、太郎片手に居間へ戻ると机の上に所狭しと料理が並べられていた。
「うまそ〜」
「さぁさ、松山さん、どうぞ座って下さいな。お口に合うかどうか分からないですけど量だけはたくさんありますから。」
「松山さん、こっちこっち!」
直子ちゃんに腕を引っ張られるままに座る。
「あっずりぃ〜姉ちゃん!俺もお兄ちゃんの隣!!」
「いいじゃないっ勝はさっきまで一緒にお風呂は行ってたんでしょ〜」
…俺を挟んでケンカをしないで欲しい…でも良いよな、こういうのって。食事の時は賑やかな方が良いもんな〜
「ホラお前ら、松山さん、迷惑そうだろ?」
日向が留守の間は尊君が二人をまとめてるんだろうな。
「イヤ、いいよ。俺、姉ちゃんしかいないからさ、こういうの妹や弟が出来たみたいで、
すごく嬉しいし。」
正面に座ってる日向を見るとすごく満足そうな顔をしてる。自慢の家族だもんな。分かる気がする。
「じゃ、食おうぜ。」
日向の一言で一斉に箸が動く。俺も「遠慮しないでね。」の言葉に甘えてたらふく頂いた。
お世辞抜きでマジで上手かった。
日向の料理上手はおふくろさん譲りなんだな…と妙に納得してしまった。
「なぁ、明日は祭り、あるのかな?」
布団に潜り込む。…お日様のにおいがして気持イイ…
結局雨で中止になってしまった祭り。雨が上がる事を期待してたんだけどな〜
「大丈夫だろ?明日は降水確率ゼロだと……」
天気予報で云々…と日向は言っていたようだけど、お日様のにおいのする布団に誘われ、答えもろくに聞かず俺は眠りに落ちていってしまった。
「……んっ…」
次に気が付いたのは、ずいぶんと寝苦しい気がしたから。
なんだか暑い…
「大丈夫か?松山…?」
日向の声。そしてふわっとおでこにタオルが置かれる。冷たくて気持良い…
「俺…」
「悪かったな。風邪、引かせちまったみたいだ。熱が出てる。ツラくないか?」
日向が覗き込んで来る。
「…んな顔すんなよ。大丈夫。」
ホントはちょっとツライけど、日向があまりにも心配そうな顔をするから…
「勝君は?」
「さっき覗いてきたけど、ぐっすり寝てた。あいつは大丈夫だ。」
「そっか。良かった。」
情けねぇ…こんな事くらいで風邪引くなんて。確かに風呂でもロクに温まらず勝君や太郎と遊んでたけど…
「落ち込むなよ。」
コツンと軽くゲンコツが落ちてくる。
「…なんで分かった?」
「お前の考えてる事くらいお見通しだ。余計な事考えてないで薬飲んで寝てろ。」
そう言って薬と水を渡して来た
薬はあんまり得意じゃないけど、これ以上熱が上がっても困るし、朝起きて病人がいたら日向んちの家族に申し訳ない。
薬を飲み終えると日向がタオルをかえてくれた。重い瞼を冷やしてくれる。ひんやりと心地良い冷たさに身を任せ、俺は再び目を閉じた。
夢を見た。日向が体のあちこちを舐め回してくる。抵抗しようと思っても体が反応しない。「…っヤメロっ日向っ…」
声は出た。その自分の声で目が覚め、原因が分かった。
「太郎!!」
太郎が俺を舐めていた。
「お兄ちゃん、おはようっ!!」
次に飛び込んできたのはチビ日向の元気な笑顔。
「あのねっ兄ちゃんが太郎を飼って良いって言ってくれたんだっ!!」
「私も犬が欲しかったの。松山さんのおかげよ。ありがとう!」
その隣には嬉しそうな直子ちゃんがいた。
体を起こして戸口に立っている日向を見るとちょっと納得がいかないような顔をしてるけど、
「名前が気に入ったからだっ!ちゃんと面倒見るんだぞっ!」
とホントに飼う事を承諾したようだった。
「良かったな。大事にしてもらうんだぞ、太郎。」
太郎も嬉しそうに見える。
「今からね、太郎の散歩に行くんだ。お兄ちゃんも一緒に行こうよ!」
「ダメだ!散歩はお前ら二人で行って来い。」
俺が返事をする前に日向が答えてしまった。…俺、行きたいのにな〜
「は〜い。勝、行きましょ。」
まだ何か言いたげなチビ日向の腕を直子ちゃんが引っ張る。
「昨日は勝に取られちゃったからね、松山さん。ところでお兄ちゃん、いつもあんな事やってんの?」
部屋を出て行く時、戸口に立つ日向に小声で言ったがしっかり聞こえてきた。
「……早く散歩に行って来いっ!!勝に余計なこと言うんじゃねぇぞ!!」
言うが早いか逃げていった直子ちゃんに怒鳴ってもなぁ…
俺は思わず頭を抱え込んだ。
「…ったくアイツは…どうした?気分悪いか?」
「イヤ、そんなんじゃねぇケド…日向さ、みんなにオレの事なんて言ってるわけ?」
「なんてって…オレの一番大切なヤツ連れて行くから頼むなって母ちゃんには言ったけど?」
しれっと言う。
…一番大切なヤツ、か。正直、嬉しいけど、なんか恥ずかしい気もする。
「で、気分はどうだ?」
日向の顔が近づく。
「ん?まだ少し熱いな…薬も飲んだし、汗もずいぶんかいてるようだからすぐ下がるだろうけど…着替えと、あとコレ、飲んどけ。」
そう言って日向は新しいパジャマと、何やら怪しげな飲み物を渡してきた。
「…何コレ?」
「母ちゃん特製の風邪薬。それ飲むとすぐ治るぜ。」
…すごく怪しげな色をしてるんですけど、コレ…でも折角日向のおふくろさんが作ってくれた物だしな。グッと一気に飲もうとして途中で挫折。…すげ、マズイ。思わず咳き込んでしまった。
「オイ、大丈夫か?」
「日向ぁ、コレ、何入ってんの?」
「知らん。俺達も風邪引いたらそれ飲まされてきたけど、不思議とすぐ良くなったからな。美味くはないけど効果は抜群だから全部飲めよ。」
そこまで言われてしまっては飲まないわけにはいかない…よな。やっぱ。
「ちょっ…オイ日向、何やって…」
怪しげな飲み物をやっとの思いで飲み干し、ホッと息をついたのもつかの間、日向が俺のパジャマのボタンに手をかけてきた。
「何…って、着替えだろ?手伝ってやるよ。」
「いっ…いいよっ!着替えくらい一人で出来るっ!!」
日向から逃げるように急に立ち上がろうとしたらクラッときた。やば…
「ホラ見ろ。いいからじっとしてろ。」
ホラ見ろってなんだよ…お前がんな事するからだろ〜〜でも結局日向に布団に戻され、そのまま身を委ねるハメになってしまった。
日向に蒸しタオルで体を拭いてもらって、真新しいパジャマに着替える。
日向の為に買ってあった物なんだろうな、悔しいけどサイズが少し大きい。
「なんだ、不服そうだな?もしかして期待してたんじゃないのか?なんなら今から…」
折角着たパジャマを脱がそうとする日向にゲンコツをくれてやる。
「痛って〜なっ!本気で殴んなよ…ま、それだけ元気なら大丈夫だな。もう少し寝てろよ。」
日向は俺が脱いだ物と空になったグラスを持って部屋を出ていった。
静かになった部屋で一人。
今日は祭りあるのかな…久し振りなんだよな〜祭りに行くのって…夜までに熱、下がると良いのにな〜…なんていろいろ考えてるうちにすっかり眠りこけてしまったようだ。
賑やかな声、楽しそうな声がする。そんな声に誘われて、俺は目が覚めた。
「んっ…」
頭がすっきりしていた。思いっきり伸びをする。
「起きたか?気分、どうだ?」
「快調!」
隣の部屋から顔を出した日向に答える。
「だろうな。お前、ずっと寝てたんだぜ。」
日向が指差した時計の方を見て驚く。そんなに寝てたんだ、俺…
「お兄ちゃん、ごめんね。」
日向の横から申し訳なさそうにチビ日向が顔を出す。
「お兄ちゃん、熱あるの知らなかったから散歩にまで誘っちゃったし…。」
「勝君のせいじゃないよ。俺が勝手に行ったんだしさ。それに、もう治った!」
チビ日向にはVサイン。
「松山さん、お祭り、行ける?」
その横には直子ちゃん。そして尊くんが覗いていた。
「もちろん!」
起きあがってみんながいる部屋の方へ行くと、おふくろさんがスイカを持ってきた。
「ホント、ごめんなさいね。松山さん。勝までご迷惑をおかけしちゃって…もう大丈夫です?」
「こちらこそすいません。いろいろお世話になっちゃって…特製の風邪薬のおかげです。」
「そう?それは良かったわ。さ、座ってくださいな。スイカ、食べられます?」
「じゃ、お言葉に甘えて…」
促されて座ると、俺の横にはしっかりチビ日向と直子ちゃんが陣取っていた。
夕刻、みんなで出掛けた夏祭り。
日向の弟妹達は途中で友達と会ったりして別行動となり、気がつけば日向と二人きりになっていた。
「ねぇ、あれもしかして…」
「まさか…こんなトコにいるわけないでしょ〜」
俺も日向も一応有名人。すれ違う人、中にはこんな会話も聞こえてくる。でも人がごった返してる上に、にわかサッカーファンの多い昨今、知らん振りを決め込む。
日向と二人、子供の頃に戻ったように楽しんだ。
ボールすくいに真剣になったり、ワタアメを作らせろと兄ちゃんに絡んでみたり…
「あ〜楽しかった。いいな、たまにはこんなのも。」
帰り道、戦利品の水風船を弾きながら余韻に浸る。
日向は金魚片手に満足そうだ。
日向が「祭りの時は金魚すくいは絶対外せねぇ」と言って真剣に金魚と格闘していた姿が笑えた。
「日向と金魚って全然似合わねぇよな〜なんか金魚、食っちまいそうだし。」
「うるせぇよ。これは母ちゃんの土産なんだよ。母ちゃん、昔から働いてばっかで祭りなんか行った事無くてよ。でも、俺達には楽しんで来いって小遣いくれてな。いつだったか金魚掬って持って帰ったらすげぇ喜んでさ、それから毎年金魚が母ちゃんへの土産になっちまったんだよな〜」
金魚を眺めながら懐かしそうに話す日向になんかジンときた。
多分、今では祭りに行ける余裕くらいあるんだろうけど、金魚を持って帰って来る日向を楽しみに待ってるんだろうな。
ふ、と足を止めて日向の前へ出る。
「お前の家族ってさ、良いよな。なんかこう、暖かくってさ。お前が自慢したくなるの、分かる。俺、好きだぜ。お前の家族。」
「松山…」
ちょっと驚いたような日向の顔。そしてフッと笑う。あ…好きだな〜この顔。
…と、え…ちょっと待て!人通りは殆ど無いとは言え、こんなところでキスしようとするな!!
「ばっ…ヤメロ日向〜〜」
近づいてくる日向に必死で抵抗を試みる。けど、日向も結構強引で根負けしそうになった時…
「あ、いたいた!!お兄ちゃ〜〜ん!!」
ガクッと日向が俺の肩に崩れる。天の声…ならぬ、直子ちゃんの声がした。
「直子ぉ〜〜」
「やだ。もしかしてお邪魔だった?」
ケラケラと屈託無く笑う直子ちゃんに日向は言葉も出ないようだった。
「お兄ちゃん、見て見て。コレ、太郎にお土産〜」
そう言って駄菓子やら何やらいっぱい入った袋を見せてくれたのはチビ日向。
「バカだな〜んなもん、食べるわけねぇじゃん。」
尊くんも、よく見るとみんな金魚をぶら下げていた。
「え〜そんな事無いよね〜お兄ちゃん。」
「ん〜…どうかな〜」
いつの間にやらお株を奪われ、その相手が弟妹とあれば文句も言えるはずも無く、日向は後ろで何やらブツブツ言ってるようだけど。
とりあえず俺は現状況に満足。
そういえば俺も久しく実家に帰っていない。今度の帰省は日向に声をかけてみようか。そして俺も自慢してやろう。俺の家族と故郷を。
いつもまゆのばか話につき合っていただいている、明日香様より素敵な松小次をいただいてしまいました〜〜〜〜!!!もう他の方にもこの爽やかなお話を読んでいただきたくて、お願いしてアップの許可をいただきました♪明日香さんありがとう〜〜〜〜!!
もう、日向家のみんなが優しくて可愛いし、太郎のエピソードとかほんわかして疲れた私にはまさに癒しの一策でございます。皆様もどうぞvvvああ、こんなお話がかけるなんてうらやましい〜〜〜〜!
時間がなくて挿し絵もどき・・・雑でゴメンなさい;;
せっかくのお話を汚してしまったような・・・。まゆはこの二つのシーンが好きです!
(02.08.28)