「37度5分」
体温計を難しい顔で睨みながら、若島津が言った。ベッドに横たわった松山は、熱のせいでトロンとしている瞳で若島津を見上げている。体温計をしまうと、若島津は松山の手首を手にとった。腕時計をみながら脈を測ると、やはり少し速めになっている。
「ポカリでも飲むか?」
「今はいいや・・・」
だるそうな声で松山が答える。こんなふうに熱をだすのは珍しい。ただ、こいつは見えないところで気を使い過ぎて、ふとした時に神経がまいってしまうんだろうと若島津は思う。
「今日の松山、妙にハイだったから・・・おかしいなとは思ったんだけどな。」
ベッドのそばに椅子を持ってきて座り、若島津は笑いながらそう言うと、
「・・・・・ごめん」
小さな声で松山が詫びた。
「怒ってるわけじゃない、松山」
「・・・すまん」
「ほら、またあやまる」
おかしそうに若島津が笑うと、ようやく松山も笑顔を見せた。
たぶん、体調を崩したことでなんとなく弱気になってしまったのだろう。普段は、松山自身が周りのわがままを引き受け、甘えさせることはある松山が、今夜は無意識に若島津によりかかっている。
「・・・・・日向・・・怒ってたな」
ぽつりと松山がいい、めちゃくちゃこえー顔してた、と微かな声で続けた。
「それは・・・・・」
「当たり前だよな。俺が怒らせるようなことしたんだもんな」
「・・・・・・・・」
「馬鹿だよな・・・、日向や若島津とか、みんなで飲んでれば熱なんかすぐにさがるだろうなんて、しょーもないこと考えてさ・・・・」
「・・・・もう、いいよ」
「結局、心配かけて迷惑かけて・・・日向のいうとおり、ウチで大人しく寝てればよかったのにな・・・・」
あのな、と若島津が松山の独白を遮った。
「日向さんがあんなにキツイことをいったのは、確かにお前の無茶を叱ったこともあるけどさ・・・・それだけじゃなくて、松山が具合悪いんだってことに、とんでもなく動揺しちゃったからでもあるんだよ」
それほど日向にとってお前は大切な人なんだから、もう今日のようなことはしてはいけない、と若島津が諭すと、両手で顔を被った松山が「うるせえ」と少し照れたような声で呟いた。
それからぱっと両手をはずし、若島津、と何かをふっきるようにその名を口にした。
「・・・・・・・本当に悪かったよ。お前も忙しいのに手間とらせちまって。俺、もう平気だから」
そういって、半身をおこそうとする松山を、若島津が難しい表情で押しとどめる。
「だめだ、追い出そうったってそうはいかないぞ」
「ちがう!・・・俺、そういうつもりは・・・」
「これで俺が帰ったら、お前はまた何も飲まず食わずで、それから余計なことばっかり考えて、ひとりで落ち込むに決まってるからな」
言葉を返せず、松山が悪戯がみつかった子供のような顔をする。
それをみて、若島津はふっと表情をなごませた。
「・・・・第一、お前をほっといたりしたら、日向さんに怒鳴られちゃうよ」
食欲ないとは思うけどさ、とシャツの襟元を緩めながら若島津は言った。
「やっぱ、なんか口にしとかないとさ。食べたいものないか?」
「・・・・ほんとになんでもいいか?」
「ああ。よかった、食べたいものあるんだ。何?いってみ?」
笑顔で尋ねる若島津に、
「・・・・・アイスクリーム」
松山が小さな声で答えた。
即座に「何?お菓子?」と言いたくなるのを若島津はなんとか思いとどまった。こういうときは、やっぱりダメか?と瞳できいている松山をしばらく見つめて、それから若島津は大きくため息をつく。
「・・・・・わかった。じゃあ買ってくるから。」
「あ、冷蔵庫の中にあるんだ」
えっ?と若島津に驚かれて、松山が急いで説明を始めた。
「俺が買ってきたんじゃないぜ?先週、うちの実家から送ってきたんだよ」
冷凍室にはキングサイズのケースに入ったバニラアイスが鎮座ましましていた。
軽い目眩を覚えながら、若島津はそのバカでかいケースから小さなガラス皿へと、甘い匂いのするアイスクリームを移しかえる。
松山って甘党だったっけか?若島津は思い巡らせながら、アイスクリームが盛られた皿を渡してやると、ベッドに半身を起こした松山が嬉々として食べ始めた。
なんか、すごい喜んでんな。そんなに旨いのかな。若島津は幸せそうな顔でアイスクリームを食べている松山よりも、もっと幸せそうな顔でそれを見ていた。
「あれ、もう食わないの?」
ごっそさん、とスプーンを置いた松山に、若島津が意外そうにきいた。
アイスクリームはまだ半分残っている。あっというまにぺロリと平らげて、すぐさまおかわり、と言い出すとばかりおもっていたのだ。
「全部食ってもいいんだぜ?まだいっぱいあるんだし」
腹壊すといけねーしな、と松山がちょっと笑った。
そして、若島津にガラス皿を渡すと、ゆっくりとした動きでまた横になってしまった。
・・・・・・・あの時。
日向があれほど取り乱してしまったことで、逆に若島津が冷静になれたのだったが、今のことで、松山の体調が悪いのだということが、若島津の中で突然リアルなものとなった。
「気分悪いか?医者よぼうか?」
掛け布団をあげてやりながら、若島津が心配そうに言うと、松山は瞳で微笑んだ。
「平気」
「けど・・・」
「そんな熱じゃねーし。たまにあるから慣れてるから」
本人が大丈夫だと主張する以上、若島津もそれを尊重するしかない。
若島津は落ち着かない気分で椅子に腰をおろし、ポケットから煙草の箱を取り出して、いつものように火をつけようとして、あわててくわえていた煙草を口からはずした。
病人のそばで吸うのはまずかろうと考えたのだ。
「・・・吸っていいよ」
笑いを含んだ声で松山がそういった。
「若島津がいてくれるんだ・・・って思えて、安心できるからさ」
「そ、そうか?」
「ああ」
そういわれて、煙草をくわえたものの、火をつけることをやはり躊躇している若島津に、松山が優しい声で言った。
「若島津に看病してもらうんだから・・・明日になったら、2試合くらいできるくらい元気になってるだろうな」
・・・・・・・・自分は今、相当ひどい顔をしているんだろうと若島津は思った。
病人である松山が励まさなければ、と感じてしまうほどに。
「・・・・なんか、いつの間にか立場が逆になっちまってるな・・・」
若島津が照れくさそうに頭を掻いた。
「そんなことねえよ。若島津、優しいよな。だから、そんな風にまるで自分のことみたいに心配してくれるんだろ」
どう反応していいのかわからなくて、若島津は今度は鼻の頭を掻いた。
松山がにっこり微笑んで言葉をつぐ。
「・・・・・・・早くわかってもらえるといいな、その人に」
「えっ?」
「今、片思いしてるんだろ?若島津」
「・・・・・どっ・・・・・どうして知ってるんだ?」
適当に受け流せばいいものを、若島津はあまりにも動転してしまったうえに、元々が隠し事ができない日向にまけず劣らず短気な性格ときていて、うっかりそのことを認めてしまった。
しまった、と思った時にはもう遅い。
「だって、この前の飲み会で・・・・・・ずーっと反町に話してたじゃん」
覚えて無い、と呆然とする若島津をみて、松山がくすくす笑う。
「すっげえ酔っぱらってたもん、あの時の若島津」
酒は飲んでも飲まれるな。
どんな誓いも鉄則も、破られるためにこそ存在する。
若島津は頭を抱えた。
唯一の救いは、それが誰かということまでは、口をすべらせていなかったらしいことだ。
「・・・・・きっと叶うぜ」
そう呟いて、松山はすうっと何かにひきこまれるように目を閉じた。
その後、何度かうっすら目を開けては若島津がそこにいることを確認して、安心して寝入ってくれた。
とりあえず、もうちょっと酒の量を減らそう。
ほうっと、深いため息をつき、若島津はとりあえずそう誓った。
そして松山の寝顔へ視線を戻し、それからせつなく笑って、若島津はようやく煙草に火をつけた。
健×松にちゃーれーんじ!と思ってやりはじめたら、ただの若島津せつない片思いバージョンになっちゃいました。えっと、一応設定では、松山君も東京にきている、ってことで。原作ちょー無視の大学生ってことでよろしくおねがいします。日向さんとは公認のカップルな松山君みたいですが。
もうちょっと煮詰めていきたいですね。これは。(01.04.01)
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