フレグランス

 
 
そらまめ様作


 「お疲れサマでーす」
 
眩しいライトが切られ日向の撮影は終了した。
 
松本女史による数々の宣伝活動をこなして数ヶ月。
 
今日は女性ファッション雑誌のインタビューと撮影である。
 
アシスタントらしい若者からミネラルウォーターを受取ると、日向は近くにあるパイプ椅子にどかりと座った。
 
 
ペットボトルの半分を一気に飲み干す。喉に入っていく潤いが心地よい。
 
ライトは眩しくてとてつもなく暑い。
 
汗を感じさせないで、爽やかな笑顔をするのは、サッカーより難しい。
 
何度も経験してるとはいえ、ホント芸能人てすげーよな、などと改めて感心する。
 
もう半分を飲み干して、座ったまま背のびした。

「御疲れさま。日向くん」
 
松本女史がタオルとコーラを差し出す。それを短く礼を言って受取った。

「香さん。こういうの勘弁して下さいよ。苦手なんッスよ俺」
 
松本女史はくすくす笑って、意地の悪いウインクをした。
「イタリアに行くまでに稼がなきゃ、でしょう」
 
痛いトコを疲れた日向はチェッと呟き、頂いたコーラに口をつけた。

「そうそう、日向くん。早速なんだけど、新しい仕事が入ったの」
雑誌の取材ッスか?」
「ううん。今度新しく発売される香水のCMよ」

「香水・・・。」

 今でこそファッション雑誌を彩る存在になっている日向だが、香水などの「たしなみ系」は、とても自分のイメージではない。
 
自分の昔を知っているものなら誰でもそう思うだろう。

 三杉とか若林とかならともかく、どう考えても、自分よりも相応しい人間はいるはずだ。
 
日向の思惑を知ってか知らずか、松本女史は続きを説明した。

「その新しい香水がね、セクシー且つワイルドなイメージなの。どう?あなたにピッタリだと思って引き受けたんだけど」

「えっ!!引き受けちゃったんッスか!?」
「ええ。スポンサーが大きいからあなたのバックアップには最高の条件だわ」

「その打ち合わせが明後日だから、お願いね」

 日向に資料を渡し、松本女史は軽やかに去って行った。

「ちょっ・・・香さん、俺嫌ッスよ・・・!」
 
ぽつりと呟く日向の声は熱気あふれるスタジオに消えていった。




「日向さんの最近の活躍ぶりは目を見張るものがありますね。どこを見回しても日向さんだらけで・・・。」

 日向は現在今住んでる東京のアパートに、タケシを無理やり呼び出した。

 さすがに、現役のJリーガーとしてめざましい活躍をしている東邦メンバー達を呼ぶわけにもいかず、まだ高校生のタケシに白羽の矢が立ったのである。
 
タケシとしても現在東邦学園の主将として大変な時期にあるのだが、東邦の監督よりも脅威の存在である日向の呼び出しを無視する事など出来ない事を当然わきまえている。日向の誘いを断るなど考えるだけでも恐ろしい。
 
ぎこちない笑顔を日向に向けて、申し訳なさげに座る。

「明日も撮影がある。あー考えるだけで気が滅入るぜ」
 
フローリングに直接寝転がり、数日前に打ち合わせで貰った資料をタケシの目の前に差し出す。それを受取って、タケシはすばやく目を通した。

「香水・・・ですか・・・・」

 タケシはそれ以上何も言わない。だが、10年目をかけてきた(?)愛弟子の考える事など師匠はお見通しだった。

「わぁってるよ。お前が言いたい事ぐらい。仕方ね-だろ。香さんが取ってきた仕事なんだからよ」

 ひゅ、日向さんが香水・・・。昔の日向を知っているタケシにとって、想像するのは困難であった。
 
若島津さんならどう思うんだろう。反町さんなら何てツッコムんだろう。
 
そしてあの人なら・・・・。

「出来上がり・・・楽しみにしてます」
 
タップリ1分考えた末、日向を理解しようとしたタケシの精一杯の一言だった。



 いよいよ撮影当日。その日の朝からスタジオに入り、撮影が始まる。
 
日向は上半身裸で、何時間も撮影している。
 
撮影は思ったよりも捗らなかった。カメラマンは注文が多く、プロのモデルではない日向にとって、難しい要求ばかりされる。

「日向くん。もっと目線下げて」

「違うよ!もっと鋭い視線をくれ」

 ぐぉぉぉぉぉ!!!俺はプロのモデルじゃねぇぇぇッ!出来るかァーーーーッ!!!
 
松本女史の牽制もあり、なんとか耐えているものの、もう限界であった。
 
あいつぶっ殺す!!!
 
その鋭い眼光をカメラマンに向ける。

「あっ、いいねぇ。その表情。ギラギラしてて獲物を狙う獣みたいでv」

 自分に向けられた憎悪など微塵にも感じていないのか、カメラマンはシャッターを押し続けた。あるいはものすごいプロ根性の持ち主なのかもしれない。

「うん。いい写真取れたからちょっと休憩しよう」
 
上機嫌のカメラマンはそのまま現場から去っていく。
 
日向は怒りのやり場を失い少し調子が狂ってしまう。
 
松本女史がほっとした様子で、アシスタントと一緒に近づいてくる。
 
アシスタントの方は恐る恐るローブとコーラを渡すと、一目散に立ち去った。

「何逃げてんだ?」
「日向くん ぴりぴりしてるからね。怖いのよ。思ったより大変だったわね」

「俺こんな仕事向いてないって最初に言ったじゃないですか」
 
そう、日向はこの仕事を決まったあと、執拗に松本女史に抗議した。
 
だがこの手の売り込みのプロである松本女史を言いくるめることなど、素人の日向にはできなかったのである。

 日向は今日何度目かの溜息をついて、コーラを一口飲む。
 
アシスタントが日向の荷物を持って走って来た。
 
先程からひっきりなしで電話がなっているのだと説明して日向に荷物を渡す。
 
日向はバッグの中から携帯電話を取り出して一応着信履歴を見る。
 
これだけしつこく電話をしてくる奴など、日向は一人しか知らない。
 
案の定予想していた人物の名前がしっかりと表示されていた。
 
着信履歴に5分おきに連続で6つも登場している。

 ちゃっちゃらっちゃらっちゃらっちゃ ちゃっちゃらっちゃら〜♪

 本日7回目のミッキーマウス・マーチがスタジオに流れ出した。

 日向は画面を見ずにボタンを押して、耳に電話を当てる。

「遅い!早く出ろよ〜。ったく何回掛けたと思ってんだ?」

 電話の向こうからはちょっと怒った男の声。
 
松山光。本日7回日向に電話を掛け続けた男である。

「松山。てめぇ何逆ギレしてやがる。俺は今仕事中なんだよっ!お前いつも、いつもしつこく電話掛けやがって・・・。留守録にメッセージ入れるとか何かあるだろうがよ!」

「そう言って、てめー1度でも電話掛けてきた事あるかよ?てめーが出ないから何度も掛けてるんじゃねーか!!」

 どちらが先にキレて、どちらの言い分が正しいのか微妙なところだが、殆ど怒鳴りあいの電話はしばらくの間続いた。
 
撮影関係者が遠巻きにはらはらしている。見かねた松本女史が自分の腕時計をトントンと指で叩いて、時間よ、と口パクした。

 それで、何とか冷静さを取り戻した日向はひとつ咳払いをして電話の向こうの人物に問い掛ける。

「で?何だよ用件ってのは」

 ここまで辿り着くのに10分も擁してしまった。
 
貴重な休憩時間を削ってしまった事に日向は後悔した。

「俺さー、次節国立で試合なんだ。で、前の日から東京来てるから一緒に飲もうぜ」

「お前急に言って俺に予定が入ってたらどうするつもりだったんだ?まぁ、その日は今のところ予定が入ってねーからいいけどよ。今からまた仕事あるからまた電話かける」

 ぷちっ  

 松山の返事を待たずに電話を切る。これ以上電話をしていたら1時間は話し込んでしまうのは目に見えている。(過去何度も経験しているらしい)
 
それにもうずっと前から松山の試合スケジュールは把握している日向であった。

 そしてすぐに撮影が再開された。
 
カメラマンの指示に先程より、ずっと前向きに従う日向に松本女史は笑みを浮かべて満足そうに頷いている。

「日向くん、すごくリラックスしてるね〜。もう1カットいくよ」

 松山から電話があった後時々遠い目をしている日向に撮影の関係者は一部見ないふりをしたが、カメラマンはその恍惚とした表情を撮り続けた。

 その後撮影は順調に進み、予定よりも早く終了した。
 
関係者からお礼にと1ダース香水を貰った日向は上機嫌でスタジオを後にした。


 
翌日、松山から電話が掛かってきた。
 
試合の後合流する事を約束して電話を終わらせようとした。

「そーいえば昨日何の仕事だったんだ?」
「ああ。新作の香水のCMだ」
「香水?おまえがぁ?!うぷぷぷ」
 
電話から洩れる松山の笑い声に半ば諦めのような感情が湧いていた。
 
松山の反応と全日本メンバーの反応はどうせ似たようなものだろう。
 
判ってる。自分のイメージじゃない事ぐらい。
「あれだろ。デオドラントスプレーのCMだろ?おまえいっつも汗臭もんなー。ぷぷぷ」

 ぷちっ   ぐんぐーーーーーーん

 諦めのような感情が一気にしぼみ、同時に怒りのゲージがMAXになる。

「ほう、シャワーも浴びずに寝ちまう奴に言われる筋合いは無えな!」
「てめーの体臭がキツイから先にシャワー浴びさせてる俺の気遣いが判んねーのか!その上長風呂だし、俺じゃなくても待ってられねーよ」
「俺は臭くなんかねェ!!!!汗が臭いんだ!!」(←?)
「臭せーもんは臭せーんだよッ!!!!俺なんか標準だからまだいいけど、てめーの臭さはワールドクラスじゃねぇか」
「立派にJ1で活躍中の松山サンには負けるぜ」
「セリエAでも頑張れよ!お前ならあっちでもトップクラスである事に間違いない」
「お前の保障なんていらねーよ!!」

・・・(以下省略)

「てめーなんて、さっさとイタリア行っちまえーーーーーーーーーー!!」

 ぶちっ つー つー つー つー

「あ・・あの野郎ーーーーーーー」
 
一方的に電話を切られ、猛虎の雄叫びが東京の街に響いた。
 
そして2人は五輪選抜までの間プライベートで会う事はなかったという。

 その後、本能というキャッチコピーが付けられた香水のCMは、
 
ワイルド編とセクシー編の2種類のポスターが作られて、雑誌や街に氾濫した。

 若い女性と一部のお兄ちゃんたちの熱烈な支持を集め、日向はその後抱かれたい男ランキング上位を占める存在にまでになった。

 もうゼッッタイに香水の仕事なんてやらねぇぞ!
 
しかし思い出したくも無いのに地下鉄の通路には相変わらず日向のポスターが氾濫している。
 
どこを見回しても日向、日向。

    
 
この事が日向のイタリア行きが早まった理由に関係しているかどうかは定かではない。


 


 そらまめ様より素敵なお話をいただきました♪
 2000ヒットでいただいたリクエスト「クサイ日向さん(笑)」のそらまめ様バージョンです。まゆのあほ漫画とネタは被ってるんですが、もうもう!!!このお話のほうが素晴らしいです!!!
 いや〜、リクこたえてみるもんですね(笑)。それでいただきものできるなんて、ラッキー♪
 久しぶりにカッコイイ日向さんを目指して、広告ポスターにチャレンジしてみました。セクシー・・・編かなぁ??
 やっぱり思ってるのと違ったりして、なかなか難しいモノです。
 きっと松山は、これみて笑い飛ばしてくれるでしょう。
 そらまめさ〜ん、こんな挿し絵でごめんなさい〜。また懲りずに送ってくださいね☆
(01.05.16)