桃の節句の・・・

 
 


 そろそろ日中の空気も寒さが緩みはじめたある日、その売り場にはなんともそぐわない二人連れが訪れた。
 既にその商品を求める人のピークは終わり、今頃覗きにくるような物好きもほとんどいない。
 時間帯によっては季節感を感じようと寄っていくお客もなかにはいるかもしれないが、都内新宿は某デパートの開店直後のそこには人の姿は皆無だった。
 しーんとした一種はりつめた空気の中、その二人連れは自分達の「浮いている」感を自らわかっているのだろうか、ぼそぼそと喋りながら商品の物色をはじめた。
 
「あのさぁ・・・俺、やっぱ帰ってもいいかなぁ・・・」
「おいおい、ここまで来てそんな事言うなよな。つきあってもいいぜっつーたよな?オマエがちゃんと」
「だってよぉ〜〜〜すっげえ視線感じねえ?」

 確かに無数の目が注視しているようにみえた。
 まっすぐに無表情に彼等に注がれている視線。冷たく動かない瞳は睨んでいるようにしか思えない。
 びくり、と松山の背中に悪寒が走る。
 咄嗟に隣の日向の上着の裾を、店員から見えない角度で掴んだ。

「う〜〜〜〜、ダメだ〜〜〜〜〜〜」
「全然視線なんかねえじゃん。つーか人いないし。店員は・・・あ、あそこにオジサンがいるけど別にこっちみてねえぜ?」
「いや人じゃなくて人形が・・・。これだけ揃うと壮観っつーかなんつーか。俺、人形ダメなんだわぁ〜〜〜」
「・・・は?」

 うつむいて少し日向に寄り添う形になった松山の手は、相変わらず上着の裾を引っつかんだままだ。
 ぎゅうっと強めに引っ張られる。
 珍しい松山の態度に日向の頭の中には疑問符が踊る。
 この雛人形のどこがダメだって?
 彼等の周りには雛人形が多種多様に取り揃えられていた。豪華な7段飾りからコンパクトな内裏雛まで。
 美しい衣装を纏った人形達はおすまし顔で台の上に鎮座ましましている。
 
「何おまえ・・・。もしかして恐いとか?」
「・・・う」

 思わず返事に詰まった松山に、にやり、と日向が唇の端をあげる。
 おもしれー。確かに沢山の人形に囲まれたここは、居心地はよくはないけど、いつも恐いもんなんかないような松山の怯えた態度がみられるなんてな。
 あいかわらず服を掴んでいた手が一瞬緩まるがはなされることはなかった。
 そして雛人形から視線をさえぎるように日向の影になっていうる松山の姿に、思わず小さく笑う。
 その笑い声に、慌てて松山は日向の服を手放した。
 
「こ、恐いっていうか、苦手、なんだよ」
「そりゃ恐いからだろ。まー、でも折角きたんだから選んでくれよ」

 おどおどした態度にいじわる心がうずきだす。
 松山の背中を押して、わざと人形の正面に立たせる。
 ごくりと松山の喉仏がなった。生唾を飲み込む。しかたなく雛人形を見つめる視線はうつろだ。少し青ざめているようにも見える。

「なあ、なんで俺なの?若島津とか反町のほうがよかったんじゃねえの・・・」
「え?」
「だってお雛様なんて選んだ事ねえじゃん」
「あいつらだと、先に漏れる可能性があるからな。直子と面識あるし。へんに吹聴されても困るしよ」
「イヤ、そんなことねえだろ・・・。若島津とかのほうが適確なアドバイスしそうじゃん」
「でも松山んちお姉さんいるだろ?だから家に雛人形あったんじゃねーかと思って」
「あった・・・。だから俺、人形嫌いなんだわ・・・」
「へ?」

 


 そもそも男二人が雛人形を物色しにきているのはほかでもない。
 日向が妹の為に人形を買ってやりたいと急に思い立ったためである。
 しかし、自分一人で売り場にいくのは少々気恥ずかしく、ちょうど姉のいる松山を誘い出した。
 三月三日桃の節句は雛祭り。
 平安の頃から続く、女の子のお祝だ。
 雛人形を飾り菱餅や白酒、桃の花などを供える。
 もともとは女の子が遊ぶ人形のことを「ひいな」と呼んでいたらしい。
 女の子のいるどこの家でも雛祭りくらいはするのだろう。日向家でもそれは年中行事のひとつであった。
 父が亡くなってから贅沢をすることなく、慎ましく生活を送っていたが、母は娘の為にささやかなお祝を欠かした事は無かった。
 小さな小さな手作りの御内裏様とお雛様の人形を並べ、ひなあられが並ぶくらいだったけれど。
 直子はとても喜んでいたっけ。
 ただ、友人の家におよばれしたとき、その頃まだ幼かった彼女がその家の豪華な人形が羨ましかったのか、帰宅してから母に無理に「直子もああいうお雛様が欲しい!」と駄々をこねていたことがあった。
 その頃既に将来はプロサッカー選手として稼ぎ、母や兄弟に楽させてやろうと心に誓っていた小次郎は、心の片隅に「妹へ雛人形をかってやる」ということも刻んでいたのだった。
 そんなことを思い出したのが、ほんの数日前。
 ふと、TVのCMで某お菓子店の「ひなまつりケーキ」とやらの宣伝を眺めていた時だった。
 今の自分なら買ってやれる。しかし、もう3月3日は迫っている。
 慌てて買いにきたと言うわけだ。
 まあ、ついでに松山と出かける口実もつくれるわけだったし。
 人形選びもわいわいと楽しくできるのかと半ば期待していただけに、松山の姿は意外だった。
 それはそれで意外な姿はおもしろいのだが・・・・。
 溜息をひとつついた松山が、思い出すように話はじめた。

「ウチの姉貴の雛人形ってやつがさ、すんげえリアルなヤツだったんだよ。顔とかめちゃくちゃ恐くて。顔真っ白でつり目でさぁ。しかもマジ髪の毛とか人毛じゃねえの?って感じで。そのうえ生意気に7段飾りとかでよ。右大臣と左大臣とかも皺とかかなり忠実に再現っつーの?どーも初孫だってんでじいさん達が奮発したらしいんだけどさ」
「ふーん。で、そのリアルさが原因か?」
「最後まできけよ。まだあんだよ。ほんで、毎年ウチでひなまつりやっててさ。近所の女の子とか集まって。最初は全然俺も平気で、飾ってある雛あられ盗み食いしたりしてたんだわ」
「ほー」
「ある年のひなまつりの頃、姉貴と喧嘩して。そんとき俺、アイツの一番大事にしてるもんってんでお雛様だけ持って押し入れに隠れてたのな。そしたらさ・・・・急に、首とれちって慌てて拾い上げたその顔が、恨んでやる〜みたいな顔でさ・・・・。それからトラウマになってんだよ・・・・・」
「・・・そうか」
「・・・でも妹さんのためだからな、いいやつ選んであげようぜ」

 松山は、やはり思いきりがいいというか、与えられた課題はこなさなくてはいられない性質のようだ。
 話しているうちに吹っ切れたのか、日向よりも積極的に人形を値踏みしはじめた。
 
「ん〜なんか・・・」
「なんだ?」
「ウチの人形と違うかも・・・」
「そりゃ違うだろ」
「いや雰囲気が。顔とかさ。いまのやつってあんまり恐くねえな」

 言われてみると並んでいる人形達の表情は現代風、というか今風の美男美女のつくりになっているようだ。
 確かに昔日向もどこぞでみたことのある雛人形は、松山の実家にあると思われる人形のように、いわゆる昔の美の特徴をよく生かした「引き目、つり鼻、おちょぼ口」な顔だったような気がする。
 人形にも流行り廃りがあるのかもしれない。
 
「で、どんなんがいいんだ?なんかピンきりじゃん。値段とか大きさとか」
「そーだな」

 選ぶ行動になってから、ようやく「これはお買い上げくださるお客さま」と認識したのか、売り場の片隅にいた初老の店員がにこにこと側によってきた。

「どういったものをおさがしでいらっしゃいますか?」
「えっと、コイツの妹さんにあげるやつなんですけど。どーゆーのがいいんですかねえ?」

 なぜか、松山が先に説明をする。
 うなづきながら聞いていた店員がいくつか指差しながら、人形の特徴などを説明してくれる。
 日向が思い出したように、最低条件を伝えた。
 

 
「そうだ。これって直に配送とかしてもらえるんですか?今日とか」
「今日・・・とかですと展示品限りになってしまいますが。通常、人形専門店のほうの在庫を確認致しまして、4〜5日配送までの日数いただいておりますので。なにぶんこちらでは在庫を用意しておりませんので」
「そーなんすか?日向、やっぱ新品のほーがいいんだろ。どーすんだよ」
「でもすぐに飾らせてやりたいし。展示品っつーてもどうせ外に飾るんだからいいよ別に」

 つぶさにみてまわると、やはり全部の人形の顔が違うのがよくわかる。
 また、衣装の色合いや柄、材質などによっても随分と印象がかわってくるものだ。
 
「やっぱり・・・男にはわかんねえなぁ」
 
 日向が根をあげてつぶやく。
 店員がそれをみてやさしく笑いかけた。

「結構そういうお客さま多いですよ。娘さんに贈られるお父様ですとか、お孫さんに贈られるお祖父様ですとか。女性の方ですと、作家ですとかお道具ですとかそいうところも気になさったりしますので、それに合わせて一緒にお選びさせていただくんですが」
「お前の好きな顔のおひなさま選べばいいんじゃねーの」

 松山がやけくそなのかそう言うと、店員がおおきくうなづいた。

「その通りです。男性のお客様にはそのようにお勧めさせて頂くのが一番ですね。やはり贈られる方にも思い出をもっていて頂きたいですし。御自分でお選びになったものですと、その思いも深くなりますからね」
「俺の好きな顔ねぇ・・・」

 思わず、少し離れたところに立って人形を眺めている松山の顔を、しみじみと眺めてしまった。
 うーんやっぱりこの松山の顔だちが好きなんだよなぁ・・・・。
 
「ん?何だ?」

 視線に気付いた松山がこっちを振り向く。
 白い肌は健康そうに頬がほんのりと赤いが、陶器のようで男ながらきれいだ。
 その顔の上で一際目を引く、つり目気味の大きな瞳。意志の強そうな口元。
 けっしてやわそうにはみえないけれどすんなりとした白い首。
 そうだ。これだ。
 日向は目標が明確になると、一周みてまわった雛人形達のなかを再度練り歩き、お雛様の顔を審査する。
 この場合、御内裏様はあくまで付属品だ。
 しかし、段飾りのお雛様の中には日向のお眼鏡にかなう美女はいなかった。

「なかなかやっぱりねえもんだな」

 つぶやきながら内裏雛とお雛様のコンパクトな雛人形の列を眺める。
 と、その中に日向の思い描いた顔の人形があった。
 やはり周りとくらべるとちょっと個性的な人形飾りだ。
 しかし、その雛人形の表情は松山によく似て、いきいきと輝いているようにみえる。
 よくよくみると、衣装も凝った作りになっていて、御内裏様も実にいい表情をしていた。
 屏風に雪洞(ぼんぼり)といった必要最低限のお道具も華美に走らず、実に落ち着いていていい感じだ。
 しかし値段は、やはり同じくらいの規模の飾りよりも格段に高かった。
 とはいえ最早この人形しか目に入らない。

「これ、これにします」
「どれどれ〜〜〜?」

 松山が近寄ってくる。
 
「ふーん。いいじゃん。へー。一点ものだって。なんかどっかでみたことあるような気がするんだけど・・・。ま、いいのみつかってよかったな」

 やっぱりこの人形は松山に似てるかもしれない。顔を見比べて確信した。
 松山がいうところの「人形をみたことある」というのは、みたことがあるのは自分の顔なんじゃないだろうか・・・。
 いうと怒るから黙っていよう・・・日向はそう思った。
 無事に会計を済ませ、いきさつをきいた店員の計らいで即日配達ということになった人形に見送られて、ようやく二人は売り場を後にした。
 そして日向は実家に電話をいれ、荷物が届くので家にいてくれるよう母にことづけた。
 母は、電話の向こうで少し涙ぐんでいた。
 やっぱり女性にとって雛人形は格段の思い入れがあるものなのだろうか。

「直子ちゃん、よろこぶぜ〜」

 電話をかけ終わった日向の顔を覗き込み、満面の笑顔で松山が微笑む。
 まるでさっきのお雛様が笑っているようだ。

「ほんとオマエ、家族思いだよな。俺日向のそんなとこ好きだよ」

 松山は特に気にするでもなくさらっといった「好き」に、日向の心はどきっとする。
 なんだかちょっとくすぐったい。
 普段、好き、っていって欲しい時に全然言わないクセに、こういときに突然言うんだもんな。まいっちまうよ。
 多分本人は素直な思いで、全然意図なんかしないででた言葉なんだろうけれど。

「いや、お前のお陰だよ。ありがとな」
「へ?なんで?俺付いてきただけでな〜んもしてねえじゃん?」
「いや選ぶのにほんと役にたったから」
「そうかぁ?」
「そーいや、母ちゃんがせっかくだから雛祭りやるから来いっつーてるけどどーする?」
「は?俺も?いやいいよ。お前はいってやったほうがいいと思うけど。なんっつってもお兄さまからの素敵なプレゼントなわけだし」
「俺もいいや。雛祭りは女の子のもんだしな。照れくせえし」
「そっか」
「それに人形首がとれたの見て、トラウマになると困るしなぁ」
「あ・・・、て、てめえ!!!あれはもう!!」

 松山が、エスカレーターの前の段から顔を真っ赤にして見上げ睨んでくる。
 そういう反応がまた楽しくて。ついついからかってしまうのだ。
 流石にデパート、という公衆の面前のせいかそれ以上は言い返してはこなかったが、ぶつぶつと文句はつぶやいている松山の肩を叩く。

「なんだよ」
「昼飯どーする?つき合ってもらったから奢るぜ?」
「いいよ
、別に奢ってくんなくても。俺も出かけたかったし。・・・そうだ。ココの地下で弁当かってさ〜、天気もいいから新宿御苑の芝生の上で食おうぜ〜。梅とか桃も咲いてるかもしんねえし、おれたちの雛祭りってことで♪」 
 すっかりそのプランで頭がいっぱいになったのか、松山はスタスタと弁当売り場へ向かっていった。

「オイ、はやくこいよ〜。酒もかってっちゃおうか?雛祭り、っつーよりこりゃ花見だなぁ。そうだ、あられ買っていこう。気分気分♪」

 いや、俺にすればまさに等身大の雛人形を前にしての雛祭りだな。
 直子にやるのは惜しかったか・・・なんてな。
 振りむいて手招きをする松山に小走りで駆け寄りながら、微笑んだ。


オワリ
 



 ひなまつりなので!やらないつもりだったんですけど、急に思いついたネタだったので書きなぐってみました。全然「ラブ!」でも「エロ」(おい;;)でもなくてスイマセン・・・。
 おにいちゃん日向がかいてみたくて。でも、まゆビジョンが入ってしまった事により、人形が松山顔とかいうわけかわんない落ちになってしまいました・・・。
 ああ・・・・・。
 慣れない事はするもんじゃないっすね。
 ところで、じつはまゆ、雛人形持ってません。欲しかったんですけど、あまり昔ウチも裕福でなかったもんですから(笑)。祖父母が「雛人形代に」と送金してくれたお金は生活費に使ってしまったそうです。
 かわりに雛人形では無い、藤娘をまっている日本人形を5年生くらいのときに父が突然かってきたんですけどね。
 オトナになってから、急に母に「雛人形買おうか」といわれ、この衝撃の事実を告白されました(笑)。
 いまさら買ってもらってもしょうがないからいいよ、といったのですがこの時期になると母がいつも広告とかをみては言うのです。きっと彼女も欲しいのかもしれません。
 私もかなりイイ年で、これいじょう婚期が遅れても困るので(たぶん、長く飾ってしまいそうだから)イラナイですが、そういうことがあるので、松小次で雛祭りネタかけてよかったです(爆)。
 あ、でも京都の古裂(大正時代の着物とか)で衣装をつくる市松人形工房さんところの雛人形は、いつか余裕ができたら欲しいですvvv日向さんの買った人形はちょっとココのをイメージしました。
 かわいいんですよ♪でもむっちゃ高いっす!!いまはリッチな日向さんでも結構思いきらないと買えないような・・・・;;
 (02.03.02)