立秋

 
 

 まだまだこれから暑くなりそうだ。
 今朝見たテレビの週間天気予報では、これから数日がもっともっと暑さが厳しくなるといっていた。
 だけど今日から秋なんだと。立秋。
 ぜんぜんピンとこないよな。

 ここ数週間は試合の為に、合宿先となるホテルを拠点に転々としていたので、ウチに帰るのはひさしぶりだ。
 バッグを肩に背負いなおし、てくてくと家までの道を歩く。
 駅前から国道を渡って、商店街を抜ける。
 まだ9時ちょっと前だというのに、すっかり人気はない。近くの会社勤めの人だろうか、向こうからやってくるのは疲れた足取り。駅へむかってい歩いてくる。
 居酒屋から洩れてくるのは、ざわざわとした喧噪。
 その前を通り過ぎて、角を曲がると、さらに静かになる。歩いているのは俺くらい。
 通り過ぎる車もまばらだ。一応バス通りなのにな。
 暗い夜道を街路灯が道案内のように、等間隔にぼうっと明かるい。
 まっすぐのびた道。
 南側は大きい建物がなくて、空が広がる。
 鼻孔を掠めるのはうっすらと甘い香り。えっと、なんだっけコレは・・・。
 そうそう、白粉花だ。暗い夜道にも分かる、黄色と赤紫の花が目に入る。ねえちゃんとか、この種潰して遊んでたよな。俺達男はこの黒い種を鉄砲の弾かわりにぶつけて怒られたっけ。
 
 前方が明るくなる。
 小学校のグランドに設置されたナイター照明が、その一角を明るく浮かび上がらせる。
 地元の少年野球チームが練習してたり、学校以外の住民にも解放しているらしいグランドは、今日は少年サッカーチームが練習に使っていた。
 フェンス越し、目隠しの為に植えられた埴栽の木々の間から、揃いのユニフォームを身につけた少年達の姿が見えかくれする。
 横目でみながら歩いていたら、誰かに頭を小突かれた。

「よそ見してっとあぶねーぞ」
「なんだ、日向か」
「なんだはねえだろ」
「お前の方が早かったんだな、何時に戻った?」
「ん、1時間くらい前だったな。冷蔵庫カラだったぜ。風呂上がりはやっぱビールねえとな」


 自転車に跨がった日向が、前カゴを指差した。コンビニで買ったらしい缶ビールが沢山ビニール袋の中に入っていた。

「ビールだったら、俺が貰ったケースのヤツまだあっただろ?」
「だって冷えてねえだろ。ぬるいビールなんざぁ飲めねえよ」
「そっか」

 日向と俺は、同じウチに住んでいる。
 でもお互い違うチームに属しているので、一緒にいられることは稀だ。たまたま今日は、それぞれが遠征先から戻ることになっていた。
 
 ジジジジジジジジジと、虫が照明に飛び込んで焼ける音が降ってくる。そのバックには蝉の声と、鈴虫の声も遠くに聞こえる。

「飛んで火に入る夏の虫」
「もう、夏じゃねえよ。今日から秋だぜ。もう残暑お見舞い申し上げますなんだよ」
「秋ぃ?」

 日向が不思議そうに聞き返してきた。
 ったく暦のこととかしらねえのか?

「立秋なんだぜ。今日」
「そうだっけ?」

 まあいいや。
 目をグランドに戻すと、サッカー少年達が真剣にシュート練習をくり返していた。
 なんかいいよな。こうやって後進が育ってくるんだ―――なんて感慨深くなっちゃったりして。
 でもサッカーやってる子供達を見るのは嬉しい。そして、俺ももっと頑張らなくちゃと思う。

「おい、松山そろそろ帰ろうぜ。見つかるとヤバい」
「そうだな」

 前に一度、こうやって覗き見していたら見つかって、結局練習につき合ったことがあった。
 別に俺は嫌じゃなかったけど、そう毎回というわけにはいかねえもんな。
 
 俺の歩くのに合わせて自転車を降りた日向が、押しながら車道を歩く。
 強い風が吹きはじめた。
 ざわざわと木々が鳴る。
 心地よい空気の流れ。

「一本貰うぜ」

 日向の押す自転車の前カゴから、ビールを一缶取り出した。冷蔵庫でキンキンに冷えていたであろうそれは、外気にあたって汗をかいているが、まだまだ冷たい。
 プルトップを空けてぐいっと喉へ流し込む。

「うめ〜〜〜〜」
「ずりぃぞ、松山」
「ほらよ」

 両手の塞がってる日向の口に、飲みかけの缶を持っていってやる。
 少し零しながらも、残ってるのを全て飲み干しやがった。

「あ〜残せよな〜」
「まだまだあるだろ、こんだけ買ってきたんだからよ・・・。よし、早く帰るぞ、松山後ろ乗れ」

 自転車の二人乗りなんて久しぶりだ。
 荷台に跨がると、日向が全速力で漕ぎはじめる。
 強めの風が追い風になって、俺達二人を部屋へと急がせてくれる。
 体に受ける風は涼しくて、少し秋のにおいを感じた。



おしまい。



 なんとなく短文。02.08.08)