「なあ、今日は何の日か知ってるよなぁ」
「あん?なんだっけ?お前の誕生日は夏だし・・・」
「・・・バレンタインだろ?」
「あ〜、そーだっけ」
朝から五月蝿くまとわりつく日向に、そっけなく松山は答えながらTVのニュースを眺めていた。
日向はごくごくと牛乳を飲む松山の喉仏を、じい〜っとみつめる。
「んだよ?」
「チョコくれ、チョコ」
「・・・・・ぁあ?」
「だから松山がオレに」
「なんで俺がおめーにチョコやらなくちゃならんのだ」
「だって一番好きなやつから貰うもんだろ?」
だから、くれ。そういって眉をしかめる松山の肩をがっしりと掴む。
おもむろに顔をよせキスしようとしたのを、松山のげんこつがゴツンと日向の頭を直撃し、日向の行動は遮られてしまった。
「いってえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜;;」
「ぐだぐだ言ってねえで、はやく出かけろよ!大体好きなやつから贈らなきゃならねえもんなら、お前が俺によこせばそれでいいだろうが」
「もちろん、松山には俺をチョコでコーティングしてプレゼントするし♪」
「いらねえわ、阿呆!」
日向が暗澹たる気持ちで大荷物を抱えて帰宅すると、リビングには手の中の荷物と同じようなカラフルな包みが一杯広がっていた。
松山が貰ったバレンタインチョコの山である。
はあ、と大きく溜息をつくと松山の声がかけられる。
「おー、お帰り。そっちの段ボールはお前宛のやつな。なんかサッカー協会宛に届いてたやつらしい」
顎で示された先をみるまでもなく、抱えていたチョコレートの山を足元に置く。
松山はといえば、自分宛のプレゼントを丁寧にひとつひとつ確認してるようだ。
メッセージカードだけを取り外し、中身だけを再度傍らの箱に戻している。
プロのサッカー選手というのは、一種の芸能人みたいなもんである。目立った選手、ましてや顔もいいとなれば贈られてくるチョコレートの数は半端では無い。
全部を食べるなんて言うのは無理な話だ。
結局、いただいたものは福祉施設などにお裾分けする、というのが定番コースになっている。
日向などは面倒臭くて、ほとんど人任せでその作業をしてもらっており、メッセージを確認するなんてことはしない。
どうせ、愛の告白なんてされても応えられないのに、目なんか通していられない。
なのに松山は、それをする。
そのことが日向を余計にいらいらさせるのだ。ただ、言うと怒られるのがわかっているので、仏頂面で恨めしく松山を眺める事しかできない。
「・・・・またすげえ量だな・・・」
「なあー。ほとんどオマエあてじゃねえの。流石、日向小次郎サマだよなぁ」
「いや、松山おまえあてのがだよ・・・」
松山が他人もてるのがイヤなのだ。
子供みたいといわれるかもしれないが、好きな人は独占したい。自分だけしかみてはダメなのだ。
それなのに、こんな日は想い人が自分だけのものではないのを見せつけられてしまう。
せめて相手も同じように焼きもちでも焼いてくれれば、こんな思いはしないでいいのに。
ぶつぶつ言う日向の横では、さくさくと松山の分別作業は進む。
眺めていると、松山宛のプレゼントはチョコレートだけではないモノもついているようだ。
「おい・・・これって」
「あ〜、下着な。何故か多いんだよな〜。俺って下着ねえように見えるのかぁ?あはははは」
腰回りにいわゆる海外ブランドのロゴが眩しい(色はシックだ)、ブリーフなどが綺麗にラッピングされた紙の中から出てくる。
「トランクスじゃねえところがスゲエよな。俺、なんかのインタビューでコレしかはかねえとかいったことあったけなぁ・・・?」
「そーゆー問題じゃねえんじゃねエの・・・・。これ女からだよな?」
「ああ?そうだな。コレは埼玉のコらしい。あ、お前の地元じゃん」
「・・・・・・・・・」
「そうだ、日向コレ旨いぜ?」
松山が思い出したように、傍らにあった結構凝った作りの缶ケースから、ほれコレ、ときれいな包装紙にくるまったチョコレートを日向の手のひらの上に置いた。
「あのなー、中身が色々あってちょっと食べるの楽しみだぜ。ウィスキーとかクリームとか全部違うんだと」
日向は黙って手のひらのチョコレートを見る。それからじっと松山を見る。
「コレって誰かのヤツ開けたのか?いくら俺もお前からチョコ欲しいとかいっても、これはあんまりじゃねえの?」
「・・・・まだそんなこといってんのかよ」
「男の純情を踏みにじるんじゃねえ!」
「ったくウルセエな!!どーでもいいから食えよ!!」
「松山は俺のコト、好きじゃねえんだ・・・・・。俺はこんなに好きなのに・・・・」
全く五月蝿くてかなわん、というように松山は大きな溜息をついた。
恨み言を吐きながらも、日向は手もとのチョコレートを口の中に放り込んだ。
「お前が食ってるやつの中身はなんだ?」
そう松山に尋ねられて、日向が俺の?という風に自分の口を指し示す。
えっとな〜と、言いながら口をモゴモゴさせる日向の頬に手が添えられると、松山の唇が重なった。
「────────────ストロベリークリームだな」
ゆっくりと唇を離して、松山がいう。
想っても見なかった松山の行動に、日向は固まっている。
「なんだよ・・・。この程度ならいつもお前がやってることだろ!」
ぷいっと、少し頬を赤らめながら顔を背ける松山に、日向の鬱々とした思いは一気に吹き飛んだ。
おわり