若島津が入院した。でも俺は知らなかった。
教えてくれたのは取材に来ていた、スポーツ雑誌の記者だ。
「胃潰瘍だって。病状を五段階で現すと、五のレベルになるって、日向君笑ってたよ。」
「それって、重いんですよね?」
「そうだね、救急車で運ばれたって言うから、そうとう痛みが酷かったんじゃないのかな?」
驚いているのに、どうしてだろう?
頭の動きがとてもとても、遅い。
だからかな?その人に「あまり驚かないんだね?」と言われてしまったのは。
「驚いてますよ・・。」
そうだ、驚いてる。
すごくすごく、驚いている。その証拠に体の感覚が無いのだから。
「でも若島津君が胃潰瘍になるってのは、解る様な気がするな。」
思いがけない言葉だった。
どうしてそう思うのだろう?
「彼は誰にでもすごく気を使うだろ?親しい相手になると得に気を使っているみたいだからね。あれじゃぁ、胃に穴が空いても仕方ないよ。」
苦笑いを浮かべているこの人は、何故そんな事を言うのだろう?
あいつのどこを見て、そんな風に感じたのだろう。
だってあいつはいつも、俺には冷たいんだ。
帰り道、ずっとアスファルトを見ながら歩いた。
ずっとずっと、アスファルトを見ながら考えた。
若島津は俺と居て何が面白いのか、いつも思う。
久しぶりに会っても嬉しそうじゃないし、話しかけても迷惑そうにしか見えないし。
「元気だった?」
「調子はどうだ?」
そんな言葉すら、かけてくれない。
他のみんなには、かけているのに。
記者の人は若島津の事を「気を使う」て、言っていた。
「親しい相手には得に」とも言っていたけど。
じゃぁ、どうして俺には優しい言葉の一つもかけてくれないのかな?
怪我をした時、具合が悪い時、落ち込んでいる時、
あいつが何も言ってくれないのは、どうしてなのかな?
俺が弱いから?俺が甘えてるから?俺がどうでもいいから?
なんでだろう?解らない。
入院の事だって、電話の一つも無いし。
やっぱ、どうでもいいのかな?俺って。
気を使って、反町が電話を寄越したってよさそうなのにさ。
それすら無いんだもんな、俺って。
なんだかもう、頭に来るよな。
「松山?!」
こんなに大きな総合病院に入院しているとは思わなくて、病室番号までは調べていなかった。
だから病棟になっている4階からずっと、表札を見て回った。偉そうに個室に居た。
「お前、何?!」
若島津は点滴をしていた。目を閉じていただけで、すぐに俺に気づいた。気づいて体を起こした。
「どうして・・?」
「見舞いに来た。ほら、差し入れ。」
驚いている若島津をよそに、勝手にサイドボードの上へ駅の売店で幾つか買ったガムを乗せる。
「・・あぁ、ありがとう。」
「いえ、どういたしまして。」
ベット脇の丸椅子に座ると、見舞いの品と思われる菓子折りに手を延ばした。
若島津はため息をつき、「誰に聞いた?」と尋ねた。
「言いたくありません。」
「・・・なんで?」
「言う必要が無いと思うからです。」
「・・どうせ反町だろ・・あいつ・・。」
若島津は眉を寄せ、小さく舌打ちした。
俺は黙々と菓子を食べていた。
「・・練習終わって、そのまま来た訳?」
「そうです。」
「お前さ・・なんで怒ると敬語なの?」
「僕は全然、怒ってなどいないです。」
「・・・松山。」
「なんですか?」
「俺はお前に心配かけたくなかったんだ、だからお前には連絡しなかったんだよ、マイハニー。」
「日向さん!!」
「日向・・。」
扉のところに日向が立っていた。笑っている。
「松山〜良く来たな、桑原さんに聞いて来たんだろ?」
「え?なんで知ってんの?」
桑原さんとは、若島津が入院しているのを教えてくれた記者の人だ。
「俺が頼んだから。ぜひとも松山に伝えて欲しいと若島津が言っているとな。」
「あ、あんたなッ!!」
若島津が動揺している。初めて見た、こんな若島津。
日向は笑って俺の横に来た。
「いいだろ?俺と反町は口止めをされているが、あの人はされていないんだから。」
「口止め?」
「そうなんだ松山・・お前には絶対言うなって、そりゃすごい剣幕で言うんだ。昔のネタで俺達を脅すんだぞ?ひどい話だろ?」
「出て行け、日向ッ!!」
若島津は顔に片手をあて、もう片方で扉を指した。
すごい、初めてだ。若島津が日向を呼び捨てにするなんて。
日向はハイハイと、やっぱり愉快そうに出て行った。
若島津は見る限り、とてもまいっている。
「俺に心配かけたくないから・・連絡しなかった訳?」
若島津は何も言わないで、だまっていた。
たぶん何も言わないから、そうなのだろう。
「そうなんだー、お前の事だから絶対すっ飛んで来るから淋しいけど、内緒にしておいたんだー。」
「とっとと、帰れッ!!」
扉の隙間から日向が覗いていた。相変わらず・・ヘンな奴・・。
若島津は猫みたいに逆毛を立てている。
こいつって、こんな奴だったんだ・・。
なんか、以外だ・・。
若島津はずっと黙ったままで、俺と目も合わさない。
ずっとずっと、そのままで、気づいたら面会時間が終わってしまった。
「もうそろそろ、お帰り下さい。」
点滴を片付けに来た看護婦さんに言われた。
そうだな、と立ち上がろうとした時、若島津が「こいつ、付き添いで泊まります。」と言った。
なんでだろう?どうしてだろう?
ろくに話しかけてもくれないのに、どうしてそんな事を言うんだろう。
どうして、素直に側に居て欲しいって言わないんだろう。
解らないよ、やっぱり俺には解らないよ。
なぁ、どうして?