春だから

 
 

 だいたいサッカー漬けの毎日だと、金なんか使う暇もないんだけど。
 夏休みとか春休みとか、ちょっと長い休みは合宿があるし、勿論自分だって練習をサボるつもりは毛頭ないしさ。なんつーても「努力」が信条の松山光だ。のんびりしてる暇があったら、なにかサッカーに繋がることをしておきたい。
 してないと、不安なんだ。翼や日向みたいに、元から才能がある奴との差が大きくなっていきそうで。

 だけどどーしても金がいる。
 毎月、両親はちゃんと小遣いくれるし、別に足りないとかも思わないし満足してる。でも、どうしても今まとまった金がいるんだ。
 東京にいきたい。
 たぶん、頼めばそれくらいの交通費、滞在費は親が貸してくれるのはわかってるけど、自分で稼ぎたいんだ。
 で、バイト。しかも短期即払いのやつがいい。
 春休み期間中、バイトでずっと縛られるってーのも意味無いし。

 渡りに船というか、ねーちゃんから(今、東京で働いている)東京でのバイトを頼まれた。しかも東京までの交通費も出してくれるんだと
。なんていいやつなんだ!さすが俺のねーちゃん!!と思ったけど、よくよく考えると共犯にされたわけで。
 と、いうのも俺がやるのは、ねーちゃんの彼氏がやってるバイトなんだそーだ。
 で、奴ら二人でハワイ旅行に行くために急きょ代役が必要になったんだと。彼氏が宝くじにあたって、その金でいくらしい。く〜!!うらやましい!
 勿論職場の人とかには宝くじが当たったことも、旅行に行くことも内緒にしてるから、『実家で法事』とか定番の言い訳をしていくらしい。つーか、ハワイなんて南の国にいったら、日焼けしてきてバレるんじゃねーのか?という素朴な疑問も、美味しい条件を受けざるを得ない代償と心得てぐっと飲み込んだ。
 ねーちゃんもうちの両親に内緒でいきたいんだと。『絶ッたいに内緒よ!!いったらあんたのこともバラすわよ!!』俺のことバラすってなんだよ。俺は別にやましいことねーだろうが。
 そういや彼氏、まだ親に紹介してなかったもんな。割と、家の親はそういうところ厳しいから。紹介しちまえばきっといいんだろうけど、そうなると家族ぐるみのおつき合い、みたいになっちまうからなー。たぶんねーちゃんもまだそこまでは・・・って感じなんだろうと、可愛い弟は納得しておいてやろう。
 
 高校の終業式が終わり、いつものとーサッカー部の練習に出た後、監督が新学期まで全員での練習の休みを告げた。勿論、自主トレはしておけって意味で。みんなびっくりしていたが、中にはたまの休みを露骨に喜んでいるやつもいた。
 ふだんの俺なら「ばかやろう!」の一言もでるとこだけど、俺自身が休みたいから何も言えない。訝し気に俺をみている小田の視線には「まー、たまにはいいんじゃねえの」と曖昧に応え、そっこー家に帰った。
 晩の飛行機で羽田に発った。
 親には、ねーちゃんのところに遊びにいくといってある。別になんの詮索もされなかった。俺は割と遠征とかでいろんなとこ行ってるし男だから、そんなに心配もしてないんだろう。
 ねーちゃんちに着くと、もう、入れ違いに旅立った後だった。勝手知ったる身内の家だ。合鍵で部屋に入り、世食う朝からのバイトに備えて早々に眠りについた。


 なかなかハードなバイトだった。
 こりゃあ、自主トレしてんのとかわんねーな。かなり汗まみれの肉体労働だ。
 こりゃあ時給高いよな〜。一応俺がやるのは1週間だけだけど、もとより俺が欲しかった金額はむちゃくちゃ上回っちまうし、もともと欲しかった東京までの旅費はねーちゃん達が出してくれたし。
 バイト先の人達は、みんな親切でねーちゃんの彼氏(とは説明しないけど)のかわりにやってきた俺を、可愛がってくれた。休憩時間中は、弁当おごってくれたり、ジュース買ってきてくれたり。
 結構、年令高い人が多いのにびっくりした。だから小僧の俺に優しくしてくるんだろう。
「えー、松山君ってサッカーやってるんだ」
「そうなんですよ。」
「だから、結構体力あるんだなぁ。ウチのバイトは結構見た目よりきついからさー、やめちゃう奴多いんだよね。まあ、松山君はずっとやるわけじゃないからいいかもしんないけど。」
「みなさん、ずっとやってらっしゃるなんて、ほんと尊敬しますよ俺!」
「まあ地味な仕事だけどさ。夢をあたえる商売だからって思って頑張ってるよ。松山君もまた機会があったらきてくくれよ。今日で最後なんて寂しいよな」
「そうですね。みなさんにはお世話になっちゃって・・・あ、そろそろ時間なんでいってきますね!」
 俺は、足下に置いてあった可愛い頭を拾い上げると、すっぽり被って春休みでいつもより人が多いらしい園内へでていった。

 そう、このバイト、遊園地でふらふらしてるぬいぐるみなんだ。
 全身きぐるみはかなり重い。そしてこのデフォルメされたでっかい頭。しかも俺がはいってるのはピンクのウサギなんで耳までついてて、ちょっと気を抜くとバランスが崩れそうになる。そしてめちゃめちゃ暑い!
 まるでサウナスーツ着て動き回ってるようなもんだもんな。
 特にどっか一ケ所にいるってわけじゃなくて、持ち時間中、園内をうろうろしているように言われた。なんでもこのキャラクターに会えるとラッキーみたいなジンクスがあって、密かに人気なんだと。
 だからねーちゃんの彼氏もなかなか休めないらしい。一応担当が決まってて代役になれる人は、ふだんはいるらしいんだけど、春休み中なんで人手が足りないんだ。
 そーかもしんない。なんつってもこの人の多さ!どっから湧いてきたんだ〜というくらい人、人、人。学校が休みになった学生やらカップルやら、親子連れやら。
 そして、みんな俺めがけて走ってくるんだ。こどもは抱きついてくるし、女の子はキャーキャー言って、俺の腕を思いっきりつかんで離さないし、野郎には頭ばんばん叩かれるし。(怒)
 別に愛想は振りまかなくていい(そーゆーキャラクターなんだと。クールなうさぎ・・・なんだかな)とはいわれてるんで、ある程度写真とるとかくらいが済んだら、また別の場所へふらふら動いていくっていうのを2時間(これが限度!)おきにやっていく。
 それも今日のこの時間が最後。そうしたら、もともとの目的を果たしにいかないと・・・。
 ぼんやり考えながらコドモをなでなでしたりしつつ、ふと顔を上げると、俺めがけて見知った顔が走ってきた。
 そ、反町?
 一瞬、俺がここにいることがばれたのかと思ったが、全身きぐるみなんだからそんなことありえないわけで。
「らっき〜!!!!!うさぎめっけ〜!!!!わお〜!!!!!」
 俺が入ってるとは知る由もない反町が、おれの可愛いでっかい耳のついた頭をなでなでする。
 なんか変な感じ・・・。
「ひゅうがさーん、わかしまづ〜!!!うさぎ、うさぎ!!!」
 逃がすまいとでもするかのように、腕をがっしり掴まれた俺は、逃げることも(逃げなくてもいいんだけどさ)できず日向がこっちに向かってくるのを待ってるしかなかった。
 っていうか、東邦。お前ら皆で男だけで遊園地なんか来てるのか?意外だ・・・・。しかも日向全然この場所に似合ってねえ。
「うさぎがどうしたっていうんだよ。」
「このうさぎね、みつけるとイイことがあるってジンクスがあるんですよ!俺もココ何回もきてるけどまだ3回しかあったことないんですよ〜」
「ふーん。」
 なんだか知ってる顔に囲まれて、非常に居心地が悪い。いつバレるんじゃないかとヒヤヒヤする。
「ほら、日向さんも触っておいた方がいいですよ!ね、うさぎさん、この人有名なサッカー選手なんだよー」
 わー、なにするんだ!!やめろ若島津!!
 いきなり日向の方に押し付けられた。お前らは、いたいけな市民に(だってそうだろう?ぬいぐるみに入ってるのは一般人なんだぜ〜!!)なにするんだ!
 日向に抱き着く格好になった俺は、日向にがっしりと受け止められた。
 うわ〜!!!なんだかこんな姿してるだけにはずかし〜!!だって、だってさ・・・・・・・。
 俺の葛藤を知る由もない日向は、知らなかったけど常識人なのね。
「大丈夫?ごめんごめん。俺の友だちふざけちゃって。あんたも大変だな」
 入ってる人を気づかう言葉。ずいぶん日向んちは苦労してるっていうから、勤労者には他ならぬ想いがあるんだろうな。
 ちょっぴりだけ感傷に浸って、すぐにこの体勢を立て直すべく、いつものように思いっきり、殴って蹴ってしまった。
 や、やべえ・・・・・。俺は俺じゃないんだった!うさぎなんだった〜!!!!。
 反町、若島津は勿論、まわりのお客さん達もびっくりしてる。
「うさぎさん、・・・強いのね」
 当の日向は、転びはしなかったけど、前屈みになっている。
「・・・・・・オイ」
 わ〜、めちゃくちゃジャストミート???このふわふわの手で殴ってるんだから、そんなに痛く無いと想うんだけどなぁ。あ、足の方あたった?もしかして大事なところだった?あははは・・・・・・・逃げよう!

 俺は命からがら、一番その場から近かった従業員用の出入り口に逃げ込んだ。
 ちょうどバイト時間も終わりだった。
 流石に日向とはいえ、お客さん殴っちまったから今日のバイト代はもらえねーだろうなぁ。まあ、いいや。自己申告して帰ろう・・・。澤井さん(ねーちゃんの彼氏)ゴメン!もしかしたら澤井さん仕事つづけられなくなっちゃうかも?友だちだったんです、っていえば大丈夫かな・・・・。
 自己嫌悪に陥りながら、控え室に座り込んでいると、入り口の方でがやがやと声がした。
「うさぎだせ!うさぎ!!!客なぐっていいのかよ!!ふざけんな!!!!!」
「日向さん、落ち着いて!すいません、悪いのはおれたちなんです。ふざけて従業員の方にちょっかいだしたから」「お客さま、落ち着いて下さい!!!」
「わー、日向さーん、若島津ちゃんと押さえろよ〜!!!」
「控え室にいるんだろ?!とりあえず顔みせやがれ!!!」
 必死に仕事仲間と、若島津、反町が押さえていたらしいのだが、怒った日向がその包囲網をくぐり抜け、壊れるんじゃ無いかというくらいの音をさせて、ドアをあけた。
 一部始終をきいていた俺は、覚悟をきめて迎えることにした。

「ごめんな日向。」

「へっ、ま、松山ぁ〜?」
 先にはいってきた日向よりもさきに、後をおってきた反町が素頓狂な声を上げた。
 日向はといえば、さっきまでの勢いはどこへやら、馬鹿のようにぼんやり俺をみつめてつっ立っている。
 どうした日向、大丈夫か?

(松山・・・・・・、おまえ可愛すぎる!!!!!!!!)


 




つづく。


 
そういうことで、続きます。なんで松山君が東京きたかったのか、日向さんと松山君はどうなるのか?
 乞う御期待!
 単に、きぐるみ松山くんを描いただけで、なんだかお話ができてしまった・・・。(01.03.31)