春だから (2)

 
 

  惚けていた日向は、すぐにいつもどおりの表情に戻ったものの、先程までの怒りもどこへやらといった感じで。よくみりゃ、口元には笑みまで浮かべてやがる。
 俺、頭は殴って無いぜ?うちどころが悪かったとは思えないんだけど。
 へんなヤツ・・・。いつものことか・・・。
 「松山、俺、外で待ってるから」
 「・・・そうだな」
 流石に蹴っちまったのは俺が悪い。それはそれ。話はちゃんとつけないとな。
 正直、殴り返されるかと思ったけど。意外だ。
 日向は、松山の頭の先からつま先までを一瞥した後、やばいな、とぽつりと呟きあっけにとられた若島津、反町らを置いたままスタスタと部屋をでていった。
 「いや〜、よかったよ。知り合いだったんだね。あのお客さんに松山君ぼこぼこにされちゃうのかと思ったよ。じゃあ時間も終わりだし、着替えたら事務所で今日の分貰ってかえってね。おつかれさま」
 「御迷惑おかけしまして、申し訳ありませんでしたっ!!お世話になりました」
 バイトでの上司だったおじさんが、心底ほっとした顔で手を振り振りでていった。

 こちらもほっとした反町が、俺に近寄りぬいぐるみの皮をびろーんと掴みながらいった。
 「っていうかぁ、松山なんでこんなとこにいるの?ちょーびっくりー。しかもウサギなんだもんなー」
 そうだろうな。やっぱり、びっくりするよな。俺がこんなとこいて。
 「バイト・・・」
 「いや、そりゃわかるけどさ。わざわざ東京まできてさぁ。いつも遊びに誘っても、試合とかでしかこないじゃん。反ちゃんはいつでもカモーン状態なのにさっ!さみしいっ!!」
 俺はその質問には答えず、重いぬいぐるみを脱ぎながら、自分のことを棚に上げつつ逆に反町にきいた。
 「お前達こそ、練習とかしないのかよ。春休みだろ。東邦2連覇の余裕なのか?」
 「ウチはね、春はあんまり練習しないのよ。ほんで、ココのタダ券もってたから息抜きっちゅー感じでね。なんか日向さん、選手権終わってから煮詰まってたし。

 「ふーん。まあいいや。俺、汗すげーからシャワー浴びてから帰るからさ、日向にもうちょっと待ってろっていっといて。」
 「松山」
 俺達を黙ってみていた、若島津が急に呼んだ。
 「何?」
 「そういや、おまえさ・・・。約束・・・してたよな。確か・・・春って・・・」
 ぎくり、と俺の動きが止まる。
 ここは聞かなかったことにしよう。返事はせずにシャワールームの扉を開けた。


 聡いな若島津。多分、お前の思った通りだよ。よく覚えてるもんだな。
 俺が東京にきた理由。
 ちゃんと段階踏みたかったんだけどな・・・。説明するのめんどくせえな・・・。っていうかむかつくしな。
 熱い湯で、ざっと汗を洗い流しボディーソープを全身にめちゃめちゃに塗りたくった。
 俺、いったいどうしたいんだろう。なんできちゃったんだろう。
 約束を実行するってことだけに気をとられてたけど、どうしてコレなんだろう・・・。
 ぐるぐるしはじめた思考を無理矢理とめて、ごしごしと身体を洗った。



 濡れた髪はざっと拭いただけで、できるだけ急いで出てきたのに、日向は開口一番「遅い」とどなりやがった。気の短いやつだ。
 まあいい。とりあえずさっきの件については俺が悪いから、とっとと謝っちまおう。
 それはそうと反町と若島津は・・・?
 「あいつらは帰した」
 きょろきょろ見回した俺に、日向が偉そうに言う。帰したってなんだよ、帰したって。
 もともと二人には会う予定はなかったけどさ、ひさしぶりの友人なんだぜ?話したいことだってあるのに。
 「しかし、びっくりした。まさかお前がこんなところにいると思わんかった」
 「・・・・・俺も、日向がくるなんて思わなかったから・・・。焦ってつい、手足がでちまって。アレは俺が悪かった。ほんとにごめん」
 頭を下げた俺の頭に、日向の視線が強く刺さっているのが感じられた。謝罪に対してなんの言葉もかけられない。下げた頭をそろそろとあげ、上目遣いに日向を覗き見る。
 なんだよ、なんとかいえよ!
 そこには、また、怒っているのか笑っているのかわからん、困ったような顔の日向がいた。
 悪いが、俺もそんなに気の長い方では無い。
 「おい、謝った俺になんかいうことはないのかよ!」
 「・・・・・松山」
 「あん?」
 「どことまってんの?」
 「ねーちゃんち」
 「いつからこっちきてるんだ?」
 「春休み一日目から」
 「・・・何しに?」
 「・・・・・何って・・・。その、お前が勝ったんだからしょうがねえじゃん・・・」
 「もしかして、冬のあの話・・・」
 「だから、こーして汗水流してバイトしたんだろーが!予約はねーちゃんにしてもらったけど、すげー高いしさ!おめーには明日連絡しようと思ってたんだよっ」
 「・・・本気かよ?」
 「バカやろう!俺に守れねえとでも思ってたのかよ。バカにすんじゃねー!!」
 ついつい、語気が荒くなる。別に怒ることでもないんだけど。なんか日向の為にここまでしてるのがバレて悔しいだけだ。
 


 俺と日向は、今年の冬の全国高校サッカー選手権において、準決勝でぶつかった。
 そのとき絶対勝つ気でいた俺は、余裕たっぷりの日向にこう言い放った。『俺が負けたら、お前の言うこときいてやるよ!!』と。
 いい試合だった。ふらのもよく戦った。だけど、俺は負けてしまった。東邦の前に決勝に駒を進めることができなかったのだ。
 試合後、日向はさっきの約束は気にするなとのたまった。
 「いちいち、こんなことでなんかしてもらってたら、俺も頼むことなくなっちまうからな」
 かちんときた。ふざけんな。それって俺がずーっとお前に負けるみたいじゃないか!!
 「約束は約束だ!!俺に二言はないんだ!なんでもいいからいいやがれ!履行してやろうじゃ無いか!」
 鼻息も荒く詰め寄る俺に、日向が苦笑する。
 「だって、俺のしてほしいことなんて・・・・・・・。お前にできるのか・・・?」
 「なにを〜!!!できるったら、できる!!!」
 「じゃあ、おまえにホテルにでも招待してもらおうか」
 なんだよ、そんなの簡単じゃねーか。上等だ。日向、お前の知らない世界へつれていってやるぜ!!
 若島津がぎょっとした顔で、俺達二人を振りかえった。なんだよ、そんな変な顔すんなよな。ちょうどいい。若島津もこの約束の証人だ。くそー、絶対びっくりさせてやる!!
 「日向!!春だ春!!そんときまで首長くして待ってろよ!!!」
 かっかしながら、俺は北海道に帰ってきたのだった。
 
 東京のホテルっつーても、俺は良く知らない。
 ねーちゃんに、一番いいホテルを予約してもらえるよう頼んだ。
 「なに?光が泊まるの?」
 「俺が泊まるわけじゃねーよ。いいから頼むよ。今一番人気があるところな」
 「予約するのはいいけどさー。高いわよ?」
 「・・・どんくらい?」
 無事に部屋は確保できた。新宿にあるそのホテルは、予約がとれただけでも奇跡なんだそうだ。しかも高い。
 俺は正直予想してたものよりも高くてびっくりした。
 きけば部屋の値段だっていうから、こりゃ俺も泊まろうかなと思うくらいだ。
 ちょっと日向が俺にできないかも、っていったのがわかったりもした。だからあいつ、俺に奢らせるつもりなのかな。
 冷静になってみると、へんな約束だけど。ねーちゃんも、自分が泊まってみたい!!!と叫んでいたからそーゆーもんなのかなーと納得することにした。
 約束は守るんだ!でも、貯金を使うのは悔しいから、バイトしてやる〜!!!
 そうして、俺は東京にいるわけだ。
 


「日向、びっくりすんなよ!パークハイアットだぜ?明日、部屋とってあるからありがたく泊まれよ!!」
 「まじ?本気なのかお前・・・」
 「本気もなにも、もう予約してあんだから。金は俺が払っとくから好きに使えよ。なんか広いらしいから、お前の兄弟とかも呼んでやれば」
 「・・・あれ?・・・おまえさ・・・もしかして勘違いしてない?」
 「え?」
 「俺さぁ・・・、ホテルに招待してくれっていったよな」
 「ああ、だから招待してやってるだろーが」
 日向が、さも呆れたというように大きなため息をついた。しかも大袈裟に頭を抱えながら。
 「あー、若島津のいったとおりだな」
 なんだか、その言葉と態度に俺も眉をひそめる。
 「やっぱ、松山。おまえ全然わかってねーな。大体、おかしいと思ったんだよな。俺のいうことホイホイきいてくれるなんて」
 「いうこときいてんじゃん・・・」

 

なんだこの空気。重く重くのしかかる。不安になる。そんな俺の肩を日向の手が掴む。
 その手が、異様に熱くてなぜだか身体がビクリとする。
 「前から俺が言ってること、お前どう解釈してたワケ?」
 日向が、向かい合って両肩を掴んだまま俺の目をジッと見つめる。それはそれは真剣なまなざしで・・・。
 その視線を思わず俺は逸らしてしまう。
 心臓が己を主張するかのように、急に早く打ち始める。俺の心の引き出しの奥の奥に、しまって気がつかないふりをしていた言葉が、早く表にだせと言っている。
 「松山、おれはお前が好きだっていつも言ってるだろう?」
 どきん!
 心臓がこれ以上はないというくらいに、大きな音をたてる。
 そう、日向は俺に会うたび、必ず『好き』っていうんだ。喧嘩して怒鳴りあったあとも、全日本で一緒に汗を流した後も、どんなときでも。
 日向はその言葉を口にするだけだ。だから態度がかわるとか、そういのもないし。友人として俺も好きだし。そう言う風にいままでつきあってきたわけで。
 俺も日向が好きだ。それはサッカーをやる仲間として、戦う仲間としてで。それだけ・・・だよな。たぶん・・・。
 その言葉に込められた日向の思い。少しは気付いてた。でも俺の勘違いかとも思ってたし。だってだって俺達男同士だし。ありえないって思ってて。
 でも、そういう風に片付けちゃう自分が、ちょっと寂しかったりして・・・。何考えてんだ俺は!!ってわけわかんねー!!
 「お前も俺のこと好きだろう?」
 「・・・・・!!」
 なんだよ!そんな風に言い切るなよ!でも、俺は否定もできなかった。
 困って、状況についていけなくて。全身がかっかして熱くて、どうしていいかわからない。
 「俺は、おまえとホテルに行きたいっていったんだぜ?」
 日向が、低い声でつぶやく。なんか日向も赤くなってるんだけど・・・。
 「若島津が・・・試合の後、松山は天然だからわかってないって言っててさ。どっちにしろ、お前が来るとは思ってなかったから期待はしてなかったんだけどよ・・・。でも先月くらいから、俺も自分でいったことが気になって・・・。お前に呆れられてるんじゃ無いかとか・・・。反町が心配して今日、ココ連れられてきたんだけどよ。とりあえず、松山に会えて、おまえがきてくれてすげーうれしかった。・・・だけど、松山、やっぱりわかってねえし・・・」
 ぼそぼそと日向が言葉を紡ぐ。俺は、それに何も言い返せず、頭はぐるぐるするばかかりで。
 「嫌われるくらいなら、って今まで手ぇだせなかったけどよ。お前、あんなぬいぐるみで挑発するしよ。今だってこんなにイイ匂いさせて・・・」
 挑発なんかしてねーじゃんかよ!ぬいぐるみみて盛り上がるなんてお前は変態か!それに今だって単に風呂はいってきただけだろーが!!
 頭では怒ってみるものの、言葉が口からでてこない。それは掴まれている日向の手から、言葉以上の思いが俺に流れ込んできているからだ。
 
 くらくらする。もうどうでもいい。難しいことは考えるだけ無駄だ。だって俺も・・・俺も日向が好きだから。
 観念したように俺も呟いた。
 「・・・春だから」
 「ん?何だ?松山」
 そろそろと手を上げ、日向のシャツを掴む。そして、日向の目をまっすぐ見つめる。
 「わかったよ、日向。春だから、いいよ・・・」
 そう。春ってなんか気が浮き立つっていうか、これは季節のせいなんだ。
 日向のほうがあれだけ、熱く口説いてたくせに俺の言葉に動揺する。肩を掴む日向の指先が震える。それが俺の身体に伝わる。
 なんだかそれがおかしくて。日向もどきどきしてるんだと思ったら、すうっと気持ちが楽になった。

 「・・・・いいのかよ」
 「俺も、泊まってみたかったし。俺が払うんだし」
 「なんだよ、やっぱり・・・松山わかってな───」
 いいかけた日向の唇に指をあて、言葉を塞いだ。
 「あした会おうな!」
 一瞬ひるんだ日向の腕からするっと抜け去り、俺はその場を離れた。恥ずかしさで、不自然な早歩きになってしまう。
 俺の背中に、笑いながら、日向も叫ぶ。
 「あしたな!!」



 あーあ。俺、明日どうなっちゃうんだろう。ま、いっか。
 
ようやく素直になることができて、俺の足取りは軽くなった。春だから・・・か。全然理由になってねーよな。思わず自分のいったことに苦笑する。
 いつのまにか満開になってた桜が、そよそよと夕闇に揺れていた。

 


 
 終わりでちゅ!なんでしょう、とってもラブラブなんですね(笑)。あー、恥ずかしいヒトタチ。
 翌日、はじめてなんですね。お二人は(笑)。まだこのヒトタチちゅーもしてないみたいなのに、いきなりだよ。つづきは、皆様御想像におまかせします(爆)。
 と、いうことで、まゆは暫く反省のため独房にはいります。(01.04.15)