「松山!大丈夫―――じゃねえよな」
登校した俺に、駆け寄った友人の第一声だ。
やっぱり顔の腫れが目立つからかな。俺を見る目が痛々しいのが、俺には余計痛いんだけどな。昨晩、やんちゃなにーちゃんらに殴られた所が、見事に青く痣になってるからなぁ。実際、今朝起きて歯磨きしようと洗面台に立ってみて、自分の顔を鏡でようやく確認して驚いちまったぜ。ひでぇツラだな。
脚や腕なんかの傷は、サッカーしてりゃあ日常茶飯事だから俺も驚かねえけど。顔はやっぱ隠しようがねえもんな。かといって、顔は止めてなんてアイツらには通用しなかっただろうし。
朝飯食ってる時に遅れて起きてきた、ねーちゃんも叫んだ。
「きゃー!!光、その顔どーしたのっ!?」
「・・・・・」
「喧嘩はいいけどさ、顔は止めなさいよ顔は!アンタ顔くらいしか取り柄ないんだから」
「んなことねえだろ!」
「アタシにとっちゃあそうなのよっ。可愛い弟の顔なんだからぁ。もう、みっともないなぁ・・・。そうだ、ファンデーション塗っていく?」
「やめろ!」
うちのねーちゃんはちょっとオカシイ。
俺をジャ●ムズだかに入れるのが野望らしい・・・。無理だっつーの。
そんな俺達をニコニコと見ている母親と、新聞から目を離さない父親。
そういや両親は別になんも言わなかったな。放任過ぎるんじゃねえのか?あんまり心配されねえのもちょっと寂しいぜ。
それはさておき、教室の自分の机に座った俺の周りにはいつのまにやら人だかり。皆、心配げに顔を覗いてくる。
「大丈夫だって。ちょっと跡ついちまっただけだから」
「すっげえ痛そうなんですけど?」
んー、そりゃ痛いっちゃあ痛いけど、我慢できないほどじゃないし。
「で、どうだったんだよ?昨日の夜、電話したのにでないしよ〜!お前携帯は?」
「あ、電池切れてる」
「もー松山またかよ!ほんと全然、携帯の意味ねえな;;」
だって携帯電話なんて、ほとんど使わねえんだもん。俺はいらねえって言ったのに、家族割だかなんとかっつーんで、持たされてるだけなんだから。
「偉いやつとかには会えたのか?」
「ああ、アタマに会えたからな。話ついたぜ。もう手は出さねえってよ」
「マジで?!すっげえじゃん!よかったな!!・・・でも松山なんでそんなに機嫌悪いんだよ?いつもだったら喜んでお前から言ってまわりそうじゃん」
「え?・・・ああ、そーだよな話ついたし。よかった・・・んだよな」
「何、珍しくその歯にモノのつまったよーな言い方は」
「・・・いや、ちょっと総長がむかつくヤツでよ。俺、殴って帰ってきちまった」
「・・・松山、それって、やべえんじゃねえの?」
「・・・かな、やっぱり」
「でも、こうやって無事帰ってこれてるから・・・なぁ」
「ま、やっちまったもんはしょうがねえよなっ、さ、勉強勉強。ホラ、みんな予鈴なったぜ!」
のんびりとした調子で担任が出席をとっていく。
友人達から解放されて、ようやくゆっくりと考える余裕がでてきた。やっぱりアイツを殴ってきちまったのはやべえのか?でも、日向がオカシイからいけねーんだ!!
サシで話にいった俺にあんな風に、ふざけてからかうなんて!!そうだよ、俺、なんで初対面のヤツにからかわれなきゃなんねーんだ?むかつく!!!
昼休み。弁当を食おうとして、口を大きく開けたら唇の端がひきつれて痛い。
朝からずっとむかついてたけど、やっとメシにありつけて忘れてたのにまた思い出しちまった。眉間に皺を寄せたまま、箸にぶっ刺した卵焼きを口の中に放り込む。
「もー、しょうがねえな。わかったよ!海老フライやるよ;;」
「あん?」
「そんな恐い顔して、俺の弁当見るなよな」
無意識に正面に座る友人の弁当にガンつけてたらしい。言われて焦点のあった俺の目の前に、フォークに刺さった海老フライが揺れていた。
「悪い、そうじゃねえ」
「そうか?ホント松山、今日はヘン」
そういう友人の口元に、米粒が。ふと、思い付いてそれに手を伸ばす。米粒を摘んだ指をそのまま、唇をなぞって―――。
ガタン、と大きな音がして椅子の上であわてふためいて仰け反ってる姿が見えた。
「な、な、な、なんだよ松山っ〜〜〜〜〜」
「イヤ、どんな気持ちなのかなーと思って」
「・・・何っ?突然気持ち悪い事すんなよな!それに女子が喜ぶし」
「ん?」
その言葉に周囲に目をやると、女子がキャーキャーとこっちを見て騒いでいる。・・・あ、今ホモっぽいって言ったな?そちらをギロッと睨むと、口を噤んだ。
「米粒とっただけじゃん」
「ふつーなぞらねえよ、焦るじゃねえか」
「そーだよな。なぞんねえよな。やっぱ、変だよなぁ・・・・・」
「やっぱヘンなのは今日のお前だってば・・・」
「んなことねえんだよ」
訝し気にため息をつく友人をよそに、俺は不満げにつぶやくと、残りの弁当を一気にかっくらった。
放課後。
部室で黙々と着替え始めた俺に誰一人として声をかけてくる部員はいなかった。朝のウチに昨日、話はつけてきたっていう事がちゃんと伝わったのと、妙に俺が機嫌が悪いっていうのが同時に広まったらしい。
ちらちらと、俺の顔の傷とかをみている視線は感じたけど。それでいい。じゃきゃ俺一人でいった意味がなくなっちまうからな。皆にはサッカーにだけ集中してほしいんだ。そして俺も。
準備運動がわりにランニングを始めると、腕の白い包帯が眩しい藤田も走っていた。ったく2〜3日は休んでりゃいいのによ。ま、いったって無駄か。後ろから髪の毛をぐしゃぐしゃっとする。
「松山さん!」
「ナシつけたから。もう安心しろ」
「スイマセン」
「別にお前が謝ることじゃねえだろ。さ、もう忘れて頑張ろうぜ」
「はいっ」
やっぱりサッカーはいい。
みんなと一緒になってボールを使って練習していると、自然、顔がほころんじまう。リフティングしたり思いっきり蹴りこむと、昨晩普段つかわねえ筋肉使ったのと、蹴りいれられたトコが少しズキンとするけど、こんなのボール蹴ってりゃすぐに忘れちまうぜ。
だんだんと、土に伸びる自分の影が長くなって、校舎の向こうの空も夕焼けに染まっていく。
あーあ。もうそろそろ終わらせねえとな。練習で少し乱れた呼吸を整えながら顔を上げると、監督と目があった。腕時計を指差して、切り上げろとジェスチャー。うなずいて、散らばった部員達を集合させる。俺は、毎日の事ながらこの部活を終える時間がちょっと寂しい。仲間に言うとたぶんバカにされるから言った事ねえけどさ。
「みんな、今日はもうオシマイ。片付け始めてくれ」
「ハイッ」
散らばったボールや、ドリブル練習に使ったコーンを回収していく。
俺も、一番遠くに一つだけ転がってるボールを取りに、軽く走って道路と学校を隔てるフェンスに走っていった。
途中までいきかけて、そのフェンスの柱に凭れるように誰かが立っているのにようやく気付いた。さっきまで動いた気配がなかったってことは、ずっといたってことだよな。
夕暮れの中、真っ黒な服着た長身の・・・。忘れもしないっつーか、昨日会ったばっかり。もしかして、仕返しか?冗談じゃねえよ。
俺はじーっと目を反らさずに、ソイツへ向かっていく。途中でボールを拾い上げて、そのまま踵を返そうかとも思ったけど、結局フェンス際までいっちまった。
日向は、腕組みをして背中をこちらに向けていたけど、俺が立ち止まった気配にこちらを振り向く。
「よお」
「・・・なんだよ」
「御挨拶だな」
「何しに来た」
「約束だろ?ココの生徒に手ぇ出したヤツに十分言ってきた」
「あ・・・、どうもありがとう」
総長直々にか。さぞやチンピラ達も吃驚したに違いないな。お話だけで済んだのかは謎だけど。でもそれを俺に、わざわざ伝えにきてくれたとでもいうのだろうか?ココで突っ立って?
表情の変わらない日向からは、何も感じ取れねえけど。しかも俺の殴ったトコ、少しも腫れてねえ。全然きいてねえってことかよ。
一応俺がお礼を言った後も、日向は帰る気配がねえ。
「・・・っと。まだ何か用か?」
「・・・・・」
「俺、まだ片付け残ってっから。今回は世話になったな。じゃあな」
「松山」
そろそろ、みんなも気付いている頃だろう。明らかに一般人じゃないこの日向の姿に、何かしらピンときちゃうヤツだっているに違いない。だってこの風景に似合わねえよ。その革の上下。
日向との会話を切り上げて、戻ろうとした俺の名を呼ぶ。
「なんだ?」
「お前のこと気に入ったから」
「はぁ?」
「また明日来る」
「え?」
日向は言うだけ言うと、満足したように傍らに停めてあったでっかいバイクに跨がり、ブルルルンとエンジンを掛けた。
俺は慌ててフェンスに駆け寄り、網に顔をおしつけた。おい、待てよ!どーゆーことだよ!!
「おい!ひゅうがっ!」
「なんだ、送ってほしいのか?」
「ちげーよ!明日くるって・・・俺の事・・俺をっ」
「何度も言わすな。俺は、お前が気に入った。そーゆーことだ。じゃ、また明日」
「おい、待てよコラ!!!」
これまでニコリともしなかった日向が、これまた黒いフルフェイスのヘルメットを被りながら、最後になって俺を一瞥すると、ふっと微笑んだ。なんだこーゆー顔もできるんじゃん。きっと女子がいたらキャーとでも叫びだすにちがいねえ。くそー、やっぱコイツかっこいい・・・ってそうじゃなくて!!
片手を俺に上げると、バイクはあっという間に小さくなった。
なんなんだよもう・・・。
なんだか一気に疲れが襲ってきた。もう、グランドには誰も残ってねえ。部室の入り口で心配そうに数人が俺を見ていた。俺も片手を上げて、なんでもないよと合図する。
よろよろと部室に戻ると、やっぱり聞かれた。
「なあ、さっきのって昨日のヤツ?」
「え?道聞かれただけだよ。それがどーかしたか?」
「・・・・・分かりやすい嘘」
「・・・・・あー、腹減った!早く帰ろうッと」
アイツが総長だって、なぜか皆の前では言わない方がいいような気がした。また余計に心配かけちまう感じがして。
とにかくだ。アイツが言った通り、もう、ウチのガッコの生徒が絡まれたりする事はコレで本当にねえだろう。万々歳じゃねえか。
また明日来るとかぬかしてたけど、フツーに考えりや日向もそんなに暇じゃねえだろうからな。そうだそうだ。
俺は勝手に結論付けると納得して、汗まみれの練習着を脱いだ。
ここいらを締めている、バイク野郎の総元締。関東の総長サマとやらは本当に約束を守るヤツだったようだ。
それまで頻繁にあったらしい、駅前商店街でのカツアゲをしていた輩は全く影をひそめてしまった。ラーメン屋のおっちゃんの話だと、最後に見かけた族の下っ端のヤツらの顔、原形をわずかにとどめるくらいにボコボコになっていたそうだ。
アイツ、やっぱり口より先に手がでそうだもんな、といつのまにか慣れちまった顔を思い浮かべる。
この件についての約束は、俺が頼みにいったことだから履行してくれて感謝してるけど・・・。
「・・・お前も大概ヒマだよな」
「ヒマじゃねえ」
「じゃあ来んな!」
「イヤ、来る」
総長日向小次郎は、あの夕方フェンス越しにいった言葉どおり、本当に翌日もやってきた。そこが定位置とでも言うように、寄り掛かって俺の練習をずっと眺めていた。
声をかけずに無視していたら、アイツ校門のトコで待っていやがった。ああ、めんどうくせえ・・・。ビビる皆を先にいかせて仕方なく日向と二人になる。
「なんで来んだよ」
「来ちゃ悪いか」
「なんの用だっつーの」
「お前に会いに」
「・・・・そーゆー風にからかうのやめてくんねえ?」
ふざけた日向に俺は座った目で睨み付けるが、てんで相手は気にしない。
「からかってなんかいねえ」
俺に会いにきてどーすんだっつーの!それがからかい以外のなんだっていうんだよ。コイツと喋ってるとイライラしてくんなマジに。
「迷惑か?」
日向がゆらりと校門に凭れていた体を動かすと、俺の前に立つ。そして、少し腰を曲げると、黙ってしまった俺の顔を覗き込む。
なんだよ・・・すごい真剣な顔。迷惑っつーか、理由がよくわかんねーんだよ。
「・・・バイク目立つんだよ」
結局俺が口にしたのは全然関係ないことで。何言ってんだか。だけど俺としては、お前が来ると目立つからもう来るな、という意味を込めて言ったつもりだったんだけど。
でも日向は何故か納得したように、軽く頷いた。わかった・・・か?俺、露骨に嫌そうな顔してる筈だしな。
「・・・そうか」
「・・・・・・」
「じゃあな」
「・・・ああ」
バイクで去っていく日向の背中をみて、もう来ないと思ったんだその時は。
ところがだ。
翌日も、そのまた翌日も来やがった。
バイク無しで・・・・・。
そして先程の会話に戻る。
ホントにコイツ、なんでこんなに暇なんだろうなーと思うくらいに日向は放課後によく通ってくる。俺が部活終わる時間くらいに。なんでかしんねえけど、部活ねえ日はちゃんと授業終わった頃に来てるんだよな。
そういう日は、女子がきゃーきゃー言ってるが。あの人また来てる!カッコイイ〜〜〜!!誰待ってるのかしらって。でも、アイツの纏っている硬派のオーラに、声を掛けるのはできないらしく、校門で立ってるアイツを眺めてるだけが精一杯のようだ。
それは男子も同じで、下手に声かけたらヤバいって感じで目を合わせない様、小走りで通り抜けている。でも、それで何かあったわけじゃないから、またいるなと、いつもの風景の一つになっているはずだ。
俺もなんだかんだで慣れちまったんだよなぁ。
人の流れが一段落したのを見計らって、学校を出ると日向が横に付いてくる。
今はバイクをどっかに置いてからきてるらしく、駅商店街の入り口まで一緒に並んで歩くのだ。
日向はあまり喋らない。というか自分からは殆ど。
最初のウチは、俺も喋んなかったけど黙って歩いてても恐いだけだろ。なんだかんだで俺が勝手に喋ってる。日向には全然わかんねえだろう学校のこととか。友達とかにはいいにくい、部活の運営で気になる事とか。でもアイツは楽しそうにそれに耳を傾けるんだ。
犬好きじゃなくても、毎日懐かれりゃ情が湧くよな。
俺の日向に対しての感情はいまのところそんな感じで、とりあえず許容みたいな。
それが変わったのは、あの新聞記事がきっかけだった
つづく。