「だーれだ?」
夜更けのレストランにおいて、古典的なおちゃらけをかましてくれたのは若島津である。
プロサッカー選手とし日々忙しい日向と松山は、めずらしくオフがぶつかり、人の少ない深夜営業のレストランで遅めの夕食をとるところであった。
松山が、笑いながら目隠し鬼の名を言い当てると、頬にキスの御褒美がでた。
「気安く触るな、若島津」
いつでもワインをぶっかけてやれるようにスタンバイした日向が噛み付く。
いいでしょう?と、若島津は端正な顔をほころばせながら、なおも松山をかまっている。
「俺だって、松山が好きなんですよぉ、ちょっとぐらい触らせてくれたって」
「・・・・・・お前な、いいかげんにしないと・・・」
日向が唸ると、若島津はいかにも困ったような表情で松山に助けを求めた。
「松山〜、日向さんがいぢめるんだよぉー」
長身の若島津がそんなに大きい方ではない松山に抱きつくのだから、傍目には襲っているようにしかみえないのだが、とりあえずHelp meなんである。
松山も、双方とも一種のじゃれあいをしているのだとわかってはいるので、しょうがないなあ、という感じでくすくす笑う。
もっとも、日向とは昔からの仲間である若島津に対してどうして日向はこういつも喧嘩腰で話すのかと不思議には思っていたが。
「おい、もう、気が済んだろ。さっさと彼女のところへ行け!」
そういって、日向は若島津の連れが座っている席を指し示した。
さっきから自分をほっぽらかしにして、松山にべたべたしている若島津に、オリエンタルな美人は相当カッカしている御様子である。
しかし若島津は、気を使わないでください、とニッコリ笑うだけで動こうとはしない。
がたんっ。
日向が立ち上がり、出るぞ!と松山にいった。えっ?ときょときょとする松山に、来いよ!と日向が手をさしだる。
条件反射にそれにつかまろうと伸ばされた松山の手を、日向が強く握った。
「松山〜、今度は俺とデートしような〜」
お気楽なことをいって、手をひらひらさせている若島津を、日向は眼光鋭く睨み付けた。
車のドアを音高く閉める日向を、松山がやっと日向が放してくれた手をさすりながらそっと盗み見る。そして幽かなため息をついてうつむいた。
「・・・・・松山」
「・・・何?」
お前、と髪をかきあげながら日向は松山に顔を向けた。松山がわずかに身構える。
「お前、べたべたされるの嫌いっていってる癖に、なんで若島津にはあんなになついてんだ?」
なんで?と松山が何故そんなことを真剣にきくのかといった顔をする。
「日向の親友だから」
何の迷いもなく、なんのためらいもなく松山が言い切った。
聞いた俺がバカだった・・・・・と、日向は額をおさえつつ、深いため息をついた。
「また出たな・・・・若島津」
今夜のパーティーの主役の丁重な御挨拶である。
Jリーガーが一堂に集まった、民間企業主催のレセプションである。特に日向は、様々な企業のCMに出演する手前、主賓となっており、何かと忙しい身である。
「ゴキブリかなんかみたいに言わないでくださいよ、日向さん」
若島津は魅力的な笑みを浮かべて挨拶をかえす。
そして、ざっとまわりを見回す若島津に、日向がぼそりと言った。
「松山はきてないからな」
はあ、と頷いたものの、それでもまだ若島津は日向の後ろや、果ては日向のジャケットの胸ポケットを凝視したりまでしている。
あのな、と日向が機嫌悪く言った。
「そんなところ探したっているわけないだろ!」
「いやぁ・・・、でも日向さんが松山なしでいられるわけないから、ポケットにでも隠してるんじゃないかと思って」
ナイスなボケをかましてくれる若島津である。
松山なら、ここで顔を真っ赤にしてしどろもどろに怒り出すだろうが、日向の場合は単に不快指数を上昇させられただけのようだった。
「あんまりふざけた真似ばかりしてると・・・・・」
日向が憎々し気にいう。
「この間の美人に、お前のことを色々ばらしてやるからな」
「あ、彼女にはふられました、ロリコン趣味があるとは思わなかったって言われて」
けろっとした顔で若島津がいう。
「最近ふられっぱなしなんですよねぇ。なんでかなあ?」
「日頃の悪行の報いだろ」
容赦なく言い放つ日向に、ひどい〜と若島津がぶりっこポーズで嘆く。
「ですからね、俺も考えたんですよ」
「馬鹿の考え、休むに似たり」
行儀の悪い座り方をした日向がたんたんとキツいことを言う。
しかし、若島津も慣れたもので、話を続ける。
「この際、相思相愛の松山と一緒になろうかなー」
「!!!!!!!」
そう。
この前、全日本だかで見知った顔が集まったときに、何故だか全員の相性占いで盛り上がり、松山と若島津は相性100%という結果がでたのだ。しかも松山のいない時に。(注:まゆのでっちあげです)
以後、日向は若島津にわけもなくつっかかるようになり、若島津は必要以上に松山にまとわりつくようになったというわけである。
無論、その場に居合わせなかった松山にその辺りの事情を日向がいえるはずもなかったし、若島津もまた松山には教えてもいないので、間に挟まれた松山がひとりで「あいつら喧嘩でもしたのかな?」とハラハラしているのだが。
日向さん、とそれまでとはトーンの違う声で若島津が呼んだ。

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