とどめを派手にくれ

 
 


                                 
 後方の山を赤く染めていた夕日もすっかり西の空に沈み、まわりは夜の闇に包まれはじめていた。
 対向斜線の車達の照らすライトが、次々に流れていく。
 片側3車線の高速道路の一番左端を、松山の運転するミニクーパーは流れにのって走っていた。
 暗い車内に松山の白い横顔が浮かんでみえる。
 仕事もしばらくオフになり、珍しく二人で富士山近くの遊園地に出かけ、ひさしぶりに子供に帰って遊びまくった。
 夜は別に用事もなかったので閉園時間まで滞在することも可能だったのだが、帰り道が混むのは嫌だという松山の一言で、夕焼け時刻にそこを後にした。
 確かに松山の言う通りで、この道は年中渋滞の多いところだ。

 さすがにこの時間だとまだ車の流れはスムーズで、渋滞には巻き込まれずに済みそうだ。

「おい、暑くねえか?」

 先程、松山がいれた暖房のせいで車中はむんむんしはじめていた。
 俺は少しヒーターの出力を弱めようと、助手席から手をのばす。

「暑いなら上着脱いでりゃいいだろ!」

 思いがけず松山に怒鳴られる。
 いつもだとそんなに寒がらないのに珍しいこともあるもんだ。まあ、今日は松山の車だし、俺はナビに徹してろと言われていたのもあったので、文句も言わず言われた通りに上着を一枚脱いだ。
 これでちょうどいいくらいだな。ほんとに暑い。
 外気温との差で窓が曇りはじめていた。俺は、左腕を擦り付けて窓を拭いた。
 行きの朝は松山はハンドルを握りながらも、ずーっと喋りまくっていた。よっぽど今日の遊園地行きを楽しみにしてたらしくって、どのアトラクション順に乗るだの、並んでもアレは絶対はずせねえよな!とか。
 それが帰りの今は、車内にはエンジンの回る音だけが響く。
 前を真直ぐ睨み付けて運転する松山に、話し掛けてはいけないような空気すら流れていた。
 はしゃぎ過ぎて疲れちまったか?
 


 すうっと本線を離れると、オレ達の車はサービスエリアに進んでいた。
 小型車エリアの空きスペースに車を停めると、松山が何も言わずにトイレの方へ歩いていった。
 なんだ、便所にいきたかったのか?急に機嫌悪くなっちまって焦るじゃねえかよ。
 俺はひとりごちながら、まだまだ2時間くらいの行程が残っているのを考えて、ジュースでも買っておいてやろうと売店へ向かった。
 松山の好きそうな湯気が立ち上るウマそうな肉まんもついでに買って駐車エリアに向かうと、すでに松山は車に戻っていた。
 しかし、その姿は俺がさっきまで座っていた助手席にあった。
 俺は、運転席側からドアをあける。
 ヘッドレストに頭を預けて目をつぶっていた松山が、その音に気付くと薄目をあけて俺だというのを確認すると、再び目を閉じる。そしぽつりと呟いた。

「―――わりぃ日向、運転代わって?」
「・・・いいけどよ。どうした・・・・?」
「ん、ちょっと疲れた」
「そうか?あ、コレ食えよ」
「サンキュ、でも後でいいや」

 俺は買ってきた肉まんとジュースを、後部座席にとりあえず放り投げるとキーを回し、ミニクーパーをそろそろと滑らした。
 松山の愛車を運転するのは初めてでは無いけれど、俺の車はこれよりも車高の高いヤツなんで、ひさしぶりに握るハンドルと前方に見える景色の違いに一瞬とまどう。
 また高速道路の本線に戻り、まわりに合わせた速度にスピードをあげていく。
 小さい車は実際の速度よりも、体感速度はかなり速くなる。やっぱ、ミニはちょっとこえーな。
 別にスピード狂でもないので左車線をのんびりといくことにした。
 流れに乗ってしまうと、隣の松山のことを思い出してちらりと横を見る。
 窓の方に寄り掛かったカラダは、小さく丸まっている。

「おい、リクライニングにしたほうが楽だぞ。ついたら起こすから寝てろ」
「・・・ぅが」
「何?なんかいったか?」

 車の音が五月蝿くて、松山の口からもれた小さな声は聞き取れない。
 もう一度、松山が口を開く。
 
「ひゅうが・・・俺・・・さむい」
「?」

 車内は先ほどからこれでもか、というくらいに暖房がきいている。
 俺なんかちょっとじんわりと汗をかきはじめてるくらいだ。
 絶対おかしいだろ?
 寒い、という松山の言葉に運転にも注意を払いながら、左手を松山の額に延ばした。

「熱っ!松山っ、すげえ熱!!」
「え?・・・わかんな・・・、俺・・・さむいんだ・・・」

 俺の手に伝わった熱さとは裏腹に、松山の体はがたがたと震え出していた。
 気付けば先程俺が脱ぎ捨てた上着もしっかりと羽織っているのに。
 まいったな・・・。俺達のウチまでは滅茶苦茶スピードをだしたとしても、まだ1時間以上は走らないといけない。
 そうこうしているうちにも、助手席からはツラそうな吐息が漏れはじめた。
 頭の中がこれからどうすればいいのか、カチャカチャと音をたててフル回転しはじめる。
 このままウチまでいっちまうか?次のサービスエリアで休むか?とにかく次の出口で降りて、どこか休めるトコに入るか?その前に薬かわねえといけねえしな・・・。
 うん、とにかく薬だな、なによりも。
 俺は結論を出すと標識に導かれるまま、高速をおりた。
 ココ・・・どこだ?まあ、どうにかなるだろ。
 一般道に入ると、ぽつりぽつりと郊外にありがちな大きな書店とかファミレスとかの看板が見えるようになった。そして薬の看板も。やった、ツイてる!
 駐車場に滑り込むと、俺は大急ぎで車を停めた。
 再度、松山の額に手を当ててみる。やっぱりかなり熱がでているようだ。暗くてよくわからないが、心無しか顔も火照っているような。



「松山、今薬買ってくるからな?ちょっと待ってろ」
「・・・ごめ・・・」

 店に飛び込むと、解熱剤を買い求めた。一応、店のオヤジにこの近くに医者がないかきいてみるが、既にこんな時間だ。診察は終わってるだろうとのことだった。救急受け付けをしている病院は、ここから離れた町まででないとないらしい。
 最悪どっか休めるトコと思い、近くに泊まれるホテルか旅館はないか尋ねてみる。しかし、特段観光地でもないらしいこの場所にはそういうところはないらしい。

「何?お連れさん、具合悪いの?」
「ええ・・・ちょっと。入院とかそういうレベルじゃあないんですけど・・・。横になって休んだ方がいいんんじゃねえかなって」
「うーん、だったらアソコでもいいかねえ―――」

 車に戻り買った解熱剤を松山に飲ませた。
 ごくり、とミネラルウォーターと共に薬が松山の白い喉元を降りていったのを確認して、俺はひとまずほっと息を吐いた。これで数時間後にはひとまず熱は下がるだろう。
 ペットボトルを持ったまま、松山も大きく息を吐く。

「・・・さんきゅ・・」
「1時間、いや2時間車ん中でこのまま我慢すんのと、横になれるトコで休んでくの、松山どっちがいい?」
「・・・え?」
「俺は・・・少し休んだ方がいいと思うんだけど。ただな・・・場所がちと・・・」
「迷惑かけらんねえから・・・日向に任せる」
「そうか?」

 松山は頭を重そうに抱えて膝に埋めた。これは、相当だなやっぱり。
 俺はそのまま松山が顔を上げないでいてくれることを密かに祈りながら、車を走らせた。
 薬屋のオヤジが教えてくれたその場所は、さっき降りたばかりの高速の出口の近くにあった。
 実際俺も入るのは初めてなのだ。微妙に緊張しつつ横をちらりと見遣ると、松山は頭を埋めたままだ。
 意を決して、ハンドルをそこにむけて右に切った。
 人目を忍ぶように、その内部の駐車場へ車を停めた。思ったよりも車が一杯で、ちょっと焦る。
 ちょうど先にも後にも人の気配はなく。いまのうちに中へ入るしか無い。
 車を降りて、反対側へまわる。助手席のドアをあけて、松山のわきの下から背中へ手をいれ、俺の肩に寄り掛からせるようにして座席から下ろす。
 どうにか立ってくれているが、解熱剤もききはじめているのか松山の意識はぼんやりとしているようで、目はつぶったままだ。不幸中の幸いだ―――。
 まさか自分がラブホテルに連れ込まれようとしてると知ったら、こんな状態でも暴れるだろうしな。
 

 ロビーに入るとディスプレイみたいのがあった。その前に松山を抱えて立つと、自動的にいろんな方向から映された各部屋の案内映像が映されていく。どうやらこれで勝手に部屋を選べってことらしい。
 ふーん、こうやって選ぶのかよ・・・と思いながらも、今は松山が寝られればどこでもいいので、何も考えずに数回目に映された508号室とかいうのに手を触れた。
 出てきた鍵を手にして、さっさと部屋へ向かうことにした。
 エレベーターの中もやけにキラキラしてて、ココがそーゆーためのホテルなんだなぁということを思い知らせる。
 
「うわ」

 思わず言葉がもれる程、部屋の様子は凄かった。
 いや、想像してたよりフツーのホテルとかわらない感じだったんだが。もっと変な形のベッドとかあったりしちゃうんじゃねえかと頭に思い浮かべていたけれど、部屋の中央に鎮座ましましているのはでかいけどシンプルなベッドだった。
 ただ・・・。
 壁がピンク、何もかもピンク。照明も妖しい色だ。

「・・・ぅ」

 松山の小さく呻く声にはっとなり、入り口で立ち尽くしていた俺は、すぐに松山をベッドの上に横たえた。
 やはり服は脱がせた方がいいだろう。きょろきょろ見回すと、奥に開かれたドアがあった。そこはバスルームに続く扉らしく、壁に2着のバスローブが掛かっていた。
 バスルームもジャグジー付きのでっかいヤツが設置されていた。テレビまで壁に埋め込んであるし。なんかわけわかんねえボタンのいっぱいついたパネルみたいのもあるが・・・。
 とにかくバスローブをひとつ手にとると松山の元へ戻る。

「汗かくからこれに着替えよう」
「・・・・んぅ」

 声をかけても、もう自分では起きる気力もないようで、小さく身じろぎをした松山の服に俺は手をかけた。
 背中に片手を入れ上体を軽く浮かせながら、一枚づつ上着を脱がせていく。服越しにも熱く火照った松山のいつもより高い体温が伝わってくる。
 袖を抜こうと松山の頭を自分の肩に凭れさせかけると、俺の耳もとに断続的なはぁはぁという呼吸が熱い息とともに吹きかけられた。
 びくり、と一瞬俺の体に震えが走る。頭によぎりかけたものを振り切ると、松山の腕に残っていた衣服を全て抜き取った。そっと、松山の上体をベッドに戻す。
 妖しい赤系の照明の中、浮かび上がる白い松山の体。浅い呼吸がくり返される度、胸が上下する様が扇情的な姿となって目に飛び込んでくるのを理性で殺す。
 コレは病人の、俺と同じ男のカラダなんだ。欲望の対象じゃねえ―――。
 続けて一気にジーパンを足から抜き、剥ぎ取った服を簡単に畳むとこれまたばかにデカいソファーの上に置いた。
 早くそれを俺の視界から隠すように、バスローブに腕をとおさせる為、再度松山の上体を起こした時、無意識の行動なのか松山が俺の背中に手を回してきた。
 必要以上にカラダが密着する。

「おい・・・これじゃ腕とおせねえ」

 優しく引き剥がすと、バスローブを着せ再び横にならせた。
 薄く松山の目が開かれる。涙の幕の掛かったその瞳はうるうると俺を見上げてきた。
 ・・・やっぱダメじゃねえかよ・・・。
 俺はやっとの思いでかきあわせたばかりの、松山のバスローブの襟元を左右に大きく開いた。おずおずと自分の頭を、誘われるように白い、いや赤い光の中ではある意味毒々しささえ感じる松山の、鎖骨の窪みに近付ける。
 抗しがたいまでのこの匂い立つような色気はなんなんだろう。いつも以上に松山のカラダがエロティックに映る。
 松山の首筋をひとなめしただけで、俺の方がすぐさま変化してしまった。下肢が一気に緊張する。
 しかし服に拘束されきつくなったソコのキツさのお陰で、俺はカラダを松山から離した。
 慌てて胸元を元に戻すと、わきによけてあった布団を松山の首元までしっかりかけてやる。
 
「安心してゆっくり寝てろ」

 喉元から絞り出した声は、少し掠れていた。それには松山からの返事はなく、先ほどから続く浅い呼吸だけだ。
 俺はベッドに背を向けると、一直線にバスルームへ向かった。

 

 ばかでかいジャグジーにお湯を張りながら、自分も服を脱いでいった。
 壁が必要以上にでっかい鏡になっていて、鏡の中の自分と目があった。なんて顔してやがる、俺。
 勃起したままの下半身と、松山へ手を出してはいけないとわかっていながらも、松山をこの手で抱き、アイツの中で果てたい、アイツのイク顔を見たい―――それができない焦燥感に、我ながら切羽詰まった表情とでもいうのだろうか。
 また股間に血液が集中したような気がした。
 たまらず、そこにあった椅子に腰掛ける。なんかまん中の部分が凹んでて・・・。スケベ椅子ってヤツかよ、と頭の隅で突っ込みながら、俺は怒張したままの俺自身に手をかけた。
 ほんとにさっきの松山はヤバかった。
 赤い光の下の裸体が目に焼き付いて離れない。あの胸に・・・、あの胸の突起に舌を這わしたら、松山はどんな表情をするのだろうか。
 上下に擦りながら、その顔を思い浮かべただけでぐんっと手の中の俺自身は容量を増す。
 松山自身も震えて勃ちはじめ、頂点に透明な露が浮かんだら、そっとそれにも舌を這わしてやろう。滑らかな肌に覆われた彫刻のように引き締まった太股を掴んで、大きく左右に開いたらむしゃぶりつくように口に含んで・・・。
 そうしはじめたら、アイツの奥は次第に俺が欲しくなってびくびくと小さく震えはじめるだろう。
 松山の乱れる姿が鮮烈な映像で俺の目の前に次々と浮かんでくる。そしてそのボルテージがあがっていくのと同じラインを描いて、俺自身を扱く手の動きも激しくなってくる。
 松山のさっきの呼吸とも似た、はぁはぁと断続的な呼吸に俺もなってくる。
 この風呂場もふつうの照明では無い。ブルー系の光に包まれて、いつもとは違う異様な状況に興奮が増してくる。
 仕事で、松山と離れている時にせざるを得ない自慰とは大違いだ。なにせ扉ひとつ隔てた向こうには、俺の気持ち次第でいますぐにでも抱ける松山が大人しく寝ているのだ。
 それなのに俺はいまここで―――。
 松山のナカの熱さと引き絞るように収縮し食い付いてくる感覚を不意に思い出す。
 
「・・・・はぁっ!」

 いつのまにか俺自身はぐちょぐちょに濡れて、そこからびちゃびちゃといやらしい音を立てていた。
 赤黒い屹立がグロテスクに放出の時を待っている。
 脳裏に松山が大きく俺を締め付けて達した時の、歪んだ顔が浮かんだ。
 
「くぅ!!!」

 どくどくと白い粘液が先端から飛び出し、壁を汚していく。断続的にそれが続いて、俺のカラダにようやくの虚脱感が訪れた。マスかいて放出したあとに訪れるなんともいえないやるせなさ。
 溜まっていた欲望を出し切ったと言うのに、なぜか切ない気持ちになるものだ。もちろん下半身はすっきりするんだけど。
 特に今は―――。やっぱり気分的にはすっきりとはいかなかった。

「ちっ」

 小さく舌打ちをして、俺は乱暴にシャワーヘッドを掴むと、萎えた俺自身と汚したタイルにお湯をかけた。
 白濁した液体がシャワーの水流とともに、排水溝へと吸い込まれていく。
 先ほどから張っていたジャグジーのお湯もいっぱいになったところだった。ざあっとカラダを流し、シャワーをとめるとジャグジーのスイッチを入れる。ぶくぶくと大小の泡が湯舟にいっぱいになる。
 俺は、その泡の中にカラダを沈めた。マッサージ効果もある水流が足に腰にほどよい刺激を与えてくれる。サービスエリアからの松山の容態の急変に、俺のカラダもがちがちに緊張していたのだということが改めてわかった。
 暖かいお湯と刺激がゆっくりと凝り固まった筋肉を解してくれていく。
 松山もベッドの上で眠っている。ここに入る前に飲ませた解熱剤で、熱も下がっていくだろう。なによりこういう時は安静、そして汗を出し切ってしまうのが一番なのだ。
 しばらくゆっくりと風呂に浸かったら、部屋に戻って松山の様子を見よう。汗をかいていたら濡れタオルでカラダを拭いてやろう。さっき抜いたお陰でもう、俺は松山のカラダに惑わされることはないだろう・・・多分。
 気持ちが落ちつき余裕が出てきた。
 そうなるとはじめてのラブホテルの、今まで見たことも無い設備に好奇心が湧いてくる。このパネルはなんだろう・・・。
 手を延ばし、押してみる。すると先程までブルーの光に包まれていたバスルームが、数十秒置きに赤や黄色、緑色というようにどんどん変化していく照明になった。

「すげぇな・・・」

 ふつうのカップルだと、一緒に風呂はいったりしてこの雰囲気を楽しんだりするんだろう。さらに隣のボタンを押すと、目の前の壁に埋め込まれていたテレビの電源が入った。なんだか環境ビデオみたいのが流れている。とりあえずそのままにして、それを長めながらぼうっと風呂に浸かっていた。
 かちゃっ。
 小さな音だったが、確かにこのバスルームのドアがあけられた音に振り向くと、入り口に夢遊病者のようにゆらりと松山が立っていた。
 そして、ドアをぱたん、と閉める。

「松山?」
「・・・ひゅうが・・・」

 寝てなくて大丈夫かよ、と言いかけた俺の言葉はそのままごくりと飲み込まれた。
 松山はゆっくりとした手付きで腰のヒモをほどくと、着ていたバスローブから腕を抜いた。するりとなだらかな白い松山のカラダのラインをなぞるように、バスローブが松山の足下に落とされる。
 ブリーフ一枚になった松山が、熱に潤んだ瞳を俺に向けながらその場にぺたんと座り込んだ。

「おい!!大丈夫か?!」

 慌てて俺はジャグジーから出ると、濡れたカラダのまま松山に駆け寄り、その肩に手をかけた。まだ熱あるんだろうに。急に立って歩いたりするからだ―――。
 すると松山はぼうっと俺を見上げてくる。少ししかめられた眉の下、このバスルームの七色に変化する照明が大きな漆黒の濡れた瞳に反射して・・・。なんともいえず綺麗だった。

「どうした?シャワー浴びたいのか?」
「うん・・・あっち・・・変なんだ・・・俺おかしくなる」
「え?」
「なんか俺・・・っ」

 そう言うと松山は顔を俺から背けながらも、そっと俺の右手を掴む。俺は訝し気に思いながらも松山のしたいようにさせた。握られた右手はそのまま松山に引き寄せられて、座り込んだ松山の中心へと導かれた。
 俺の手のひらがブリーフの布地に当たると、松山が一瞬カラダをびくんっと震わせた。
 その場所は通常よりも大きくなっているようで、柔らかい布地が持ち上がり気味に少し突っ張っている。

「・・・勃っちまったのか?」
「・・・いうなよぉ・・・」

 恥ずかしそうというのを通り越して、半分泣きそうな松山の横顔が震える。いったいどうしたっていうんだろうか?
 ふと、松山の言葉を思い出す。あっち・・・って、あの赤い照明に松山もやられちまったんだろうか。ふと目をあけた時に映る光景があんな毒々しい照明や内装だと、正気な人間でも変な気分になっちまうのに、ましてや熱にうかされている人間がみたら・・・。
 
「ココ・・・この部屋変だ・・・」

 やっぱり。松山もこんなとこきたことねえだろうしな。

「・・・ラブホテルだから
・・・」
「え・・・ラブ・・ホテル?」
「ここしかなかったんだよ―――」

 一瞬驚いたように目をしばたいてから、松山はきゅっと唇を噛み締めた。そして、俺の腕をぎゅうっと掴んでくる。
 やばいな・・・。やっぱりこの場所はまずかったか・・・。ごめんと言おうとする俺の言葉はまたしても松山の行動に遮られた。松山が自分から俺の唇を求めてきた。まるで言い訳なんか聞きたく無いとでも言うように。
 熱のせいでいつもより熱い唇が俺に重なる。柔らかい松山の感触に、俺の中で消していたはずの欲望の導火線に火が点ってしまう。
 ちゅっちゅっと甘やかな水音が二人の寄せた顔の間から漏れてくる。その音に先を促されるように、俺の手を掴んでいた松山の手を俺の腰に回させる。そして俺は両手を松山の首の後ろに回し、頭をかき抱くと更に唇を深く重ねようと引き寄せた。
 まだ熱の為に呼吸が元に戻っていない松山の口は空気を求めて開かれたままだ。その空気すら奪うような勢いで、松山の舌を絡めとる。

「ふぁ・・・んっ・・・・んんぅん・・はぁっ・・・ん」

 俺の仕掛けるままに松山の舌は翻弄される。そして松山からは掠れた息遣いが漏れてくる。
 松山の頭に差し込んだ手が湿る。松山はかなり汗をかいているようだ。
 びくんっびくんと松山のカラダが何度も震える。こんなふうにキスだけでこんなに松山のカラダが震えるのは珍しい。熱のせいで興奮してるのかもしれねえな。
 松山とのキスに没頭しながらも、いつも以上の口腔内の熱さと触れている松山の火照り様に、再び松山の体調が気になってきた俺は最後に松山の甘い舌を吸い上げると、しぶしぶと唇を離した。
 俺が離そうとするのをイヤイヤするように、松山が更に唇を近付けてくるのを、優しく引き剥がす。

「ほら、パンツ脱いでシャワー浴びたら、もう一回寝よう。熱さがんねえとまずいだろ?俺も今度は横にいるから」
「・・・だめっ」

 松山の下肢に残ったブリーフを脱がしてやろうと、俺は手を延ばした。はっとした顔で一瞬俺を見上げた松山はただでさえ熱で火照って赤くなった顔に更に朱を散らし、慌てたように後ずさると両手で股間を隠した。
 先程自分で俺に確かめさせたくせに、なに恥じらってんだ。
 ぐいっと腕を掴み、その手を退かさせる。ほとんど反抗する力だって今は残ってねえんだろう?思った通り、松山は抵抗しながらもその手首はやすやすと俺の手のひらの中にまとめられた。
 だいたいこれから襲おうってんじゃねえ。シャワー浴びるために脱がせてやるんだから―――。
 延ばしかけた手をとめる。
 松山の中心は、既に昂ってはいなかったがソコにバスルームの湿気だけのせいでも、松山の汗でもないだろう。あきらかに松山自身が零してしまった露が、内側からしみ出してブリーフの布地の色を変えてしまっていた。

「・・・ふぇ・・」

 いつになく子供っぽく半ベソをかいて、松山がおずおずと俺を見上げてくる。

「・・・キスだけでいっちまったのか・・・」
「ひゅうがは・・・っ」
「ん?」
「ひゅうがは・・・俺みても・・・興奮しねえの・・・?俺じゃ勃たねえ・・・?」
「!!!」

 熱でいつもの松山じゃねえこいつを前にして、俺は理性と倫理観をありったけ必死になって駆使し、沸き上がる欲情を堪えてたというのにだ。本人がこんなこと言い出すなんて、本人から誘うような言葉をはくなんて。
 一体こんな場合はどうすればいいんですか神様!
 そんな松山に、そのままでシャワーだけ浴びて寝ろなんて言うなんて、我ながら俺もいっぱいいっぱいだったってことだ。
 ほんとなら最初に松山が勃っちまってるのを俺に伝えた時に、すぐに気付いてやればよかったんだろう。松山もそのつもりで。どうにかしてほしくて必死の思いで俺に触らせたに違いない。何度となくセックスはしているが、こんな松山の行動ははじめてだよな。熱にうかされてわけわかんなくなってるんだろうけど。
 俺だって昂ってしまった下半身はどうにかしなきゃ寝れねえってことくらい、身を持ってわかってることなんだからよ。
 しかしこの期に及んでまで、俺は迷っていたのだ。
 松山に指摘されたように、いつもなら情けない程にすぐに欲情の証しとして形を変えはじめてしまう下半身も、とまどいでいつもの形のままそこにあった。
 松山との濃厚なキスで一旦は膨らみかけていたのだが、病人に手をだしちゃいけねえ、という倫理観が勝ったのだ。だけど・・・俺を熱で、いや、欲情で潤ませた目で見上げながら言う『俺じゃ勃たねえの?』の一言に、いままでの忍耐は嘘のように、ぐんっと股間は張りつめた。
 っていうか―――これで勃たなかったら、俺、男やってらんねえだろ?

「・・・んなわけねえだろ」

 先程松山にされたように、俺は松山の手をとるとそれを俺自身に導き触れさせた。
 松山にじかに触れられている、それだけで出そうになるほどの刺激になった。血液がすべてソコへどくどくと流れて集中している。思わずぐっと息を飲む。
 松山がはっとしたように俺自身に視線を投げると、再び俺を見上げてきた。

「こういう状況に・・・漬け込む俺は―――」
「ひゅうが・・・」

 ぶんぶんと頭を振った松山が、俺自身をたおずおずとした手付きで握ってくる。そして、カラダを中腰にして俺の肩にもたれるように、鎖骨あたりに額をうずめながら呟いた。

「俺が・・・熱あるから。・・・俺・・・変だから・・・もっと・・・」
「もっと?」
「―――もっと変になっちゃって・・・イイ?」
「―――松山!」