寒い夜には

 
 


                       

「おっせーよ!!」
 
 部屋の玄関の前に、座り込んだ松山が昨日と同じ言葉を吐きながら俺を見上げた。
 
「別に誰も待ってろなんていってねえだろ・・・」
「うだうだいわずに早く開けろよ。あ〜寒かった!」

 よいしょ、と松山が大きなビニール袋を片手に立ち上がる。
 やれやれ。また沢山買い込んできたみてえだな・・・。
 鍵をあけると、一応は俺が靴を脱ぎおわり声をかけるまでは入ってこない。そのへんはヘンに義理堅い。
 顎をしゃくって中へと促してやる。

「じゃまするぜいっ、と。で、これ」

 よいしょっと、スニーカーを脱ぎながら、松山は持っていたビニール袋を、俺におしつける。
 条件反射で覗き込むと、中にはネギやらとり肉やら豆腐やら・・・。とり肉ってことは、今日はアレか。

「ほら、俺がこの前買ってきてやった柚子胡椒あるじゃん?水炊き食いたい。水炊き。うめえぜゼッタイ♪」
「水炊きはいいけどよ。また俺に作れってか?」
「そ。だって日向の方がうまいじゃん。それに作るっていったって鍋だろ?切ってぶっこめばいいんだからさ。もー、お前待ってて、かなり俺、腹減ってるからよろしく!!!」

 言うなり、松山はいつのまにか定位置になったTVの前にどっかり座る。
 そして、昨日も見ていた雑誌ぱらぱらとめくりはじめた。
 ここのところ、毎晩こんな調子だ。
 少なくともここは俺の家で、松山はここから離れた街に住んでいるにも関わらず、連日食材片手にやってくる。
 一昨日は石狩鍋で、昨日はキムチ鍋だった。毎日鍋料理。
 常に作るのは俺で、ヤツは手伝おうとはしない。というかやらせられない。
 松山ときたら、野菜を切ろうとして、自分の指まで切ってしまうヤツだった。
 当初、一緒にやらせたが、見事に俺のうちのまな板にルミノール反応がでるようにしてくれた。
危なっかしくて包丁はとりあげた。
 そこらへんには、そんとき松山が使った
オロナインかなんかが放り投げてあるはずだ。
 まあ、材料もってきてもらってるからな・・・と、この件に関しては、ソレ以上の文句はいわずに俺が台所にたつ。
 確かに作るっていっても、野菜切ったりするだけで、下ごしらえするっていっても、たいしたことはしないし。
 具を用意したら、後は鍋をどーんとコタツの上の卓上コンロにセッティングして、材料ぶっ込んで食うだけなんだけどな。
 二人で食うにはでかいだろ、っていうこの素焼きの鍋も、卓上コンロも、松山が最初に食材片手にやってきた日に、持参してきたものだ。

「一人だと鍋したくてもできねえじゃん」

 っていうのがその理由だと。
 それまで、俺の家なんてほとんど寄り付いたこともなかったのに、不思議なもんだと頭をかしげつつも、湯気の向い側に誰かの顔がある食卓っていうのが妙に俺もうれしくて。
 ましてやそれが松山だから。
 毎晩鍋でもいいかもな、なんてそんとき口走ったのかもしれない。
 それからほぼ毎日。松山がやってくるようになったのは。
 いったいどういう風の吹き回しかわかんねえけど。
実際、そのころうまくいかねえこととかあって、飯も食う気ににならねえくらい低調街道爆進中だった俺にはありがたかった。

 気付けば、俺の横に来ていた松山が、材料を切る俺の手元を覗き込んで、切った豆腐に指を突っ込みいたずらをする。
 子供じゃねえんだからよ・・・・。

「あ〜、もうお前はよ〜。食べ物粗末にすんな」
 
「あ、そうだ」
「あん?」
「明日俺、これないから」
「ふーん


 じゃあ、明日は外でなんか食って帰ってこなきゃだめってことか・・・。
 と、俺も慣れきっちまってるなあこの生活に。
 ようやく準備のできた材料の皿を食卓に載せ、具を鍋に放り込む。
 松山も大人しく、向い側で待っている。
 結構俺は鍋奉行なので、甲斐甲斐しくアクをとったり煮加減を吟味したあと、松山の器によそってやる。
 はふはふと湯気の向こうに頬張る顔が見える。それに幸せを感じた俺は、そんな自分に苦笑する。
 俺も松山も、しっかり食う方なので、あっという間に鍋はカラになる。

「ああ、食った食った!!」
「ついつい鍋だと食い過ぎちまうなぁ・・・」

 松山がごろんと横になる。
 食って直ぐ寝ると牛になるぞ、牛に!!
 しばらくそうやって、うだうだしていた松山がひとつ伸びをして立ち上がる。

「そんじゃ、そろそろ帰るわ」
「・・・おう」
「明後日ってオマエ予定は?」
「たしか何もねえ」
「じゃあ、また来るからよ。ちゃんといろよ」
「松山・・・別に泊まってってもいいんだぜ?」
「いやいい。めんどくさいし」
「・・・・・・」

 何故か松山は、毎日やってきてはちゃんと帰るのだ。
 俺なんか、腹一杯食った後、またこの寒空の中帰るのなんてめんどくせえのに。
 めんどくさいって理由はよくわからねえ。
 
「なあ」
「ん?」
「なんで毎日、俺ンちくるんだ?」
「そりゃ鍋食いたいから。一人でメシ食うよりいいじゃん」
「そうか」
「そうだ」

 じゃあな、と松山はコートを着込むと帰っていった。
 ドアの閉る音を確認すると、俺は大きな溜息をついた。

 

 
 松山は知っててやっているのだろうか?
 俺が松山を好きだと言う事を。
 このスキは同性の友人として、仲間としてではなく、いわゆる恋愛対象の。

 以前、一度だけ松山と身体を重ねた事がある。
 あれは全日本合宿でのことだったが、俺はそれまで抱いてきた想いを、衝動を、押さえる事ができなくなり、無理矢理といった感じで松山を犯してしまった。
 それこそ、今後のつき合いを否定されるのも覚悟で。
 松山はれっきとした男だし。めちゃくちゃプライドが高いヤツだってことも承知の上での行為だった。
 しかし、そのときの松山は、『日向のことは俺も好きだ。だけど、こういうのはもう勘弁な』といってくれただけで、俺自体を否定することはなかったのだ。
 ましてや、俺のコトも好き、だと。
 その後も俺の想いが変わる事はなかったが、俺に向けてくれる笑顔を、言葉のキャッチボールをできる機会を失うのが恐くて、ソレ以来、松山と『友人』の域を超えてしまうことはできなくて。
 松山の『好き』が俺と同じ性質の好きなのかどうかは、いまだわからずじまいだし。
 それでも話すらできなくなってしまうよりは、現状のままでいいのかなと諦めにもにた思いで接してきた。
 だが、こうやって毎日顔を突き合わせ、メシを食っていると、押さえていた感情がふつふつと蘇ってきてしまう。
 鍋生活のおかげか、鬱々とした日々は抜け出すことができたが、かわりに、松山への悶々とした思いを無理矢理押し込める日々が・・・・・。
 


 

 



 いつものようにやってきた松山と、俺の前には、いつものように鍋が湯気をたてている。
 白い湯気の向こうに、俺の好きな松山の顔がある。
 つとめて無表情を装いながら、語りかけてくる松山に応酬する。
 いつものように、無駄口をたたきながら過ぎていく、いつのまにか一日で一番待ち遠しい時間。
 とはいえ・・・。

「なあ、松山よ。たまにはちげーもん食わねエか?」
「何でぇ〜?日向、鍋嫌いか?」
「いや、嫌いじゃねえけど、こうも毎日鍋だと飽きるだろ。おまえはどうなんだ」
「え〜。じゃあ何がいいんだよ」
「うーん・・・・・」

 あらためてそういわれると思い浮かばない。
 目の前には、ぐつぐつ煮えた鍋からイイ匂いが立ち上ってるし。
 腹減ってるから、食えリゃなんでもいいっちゃあいいんだけどよ・・・。
 なかなかに松山の持ってくる材料はバリエーション豊富で、まだ同じ鍋が食卓にあがったこ
とはない。
 だけどそろそろ二巡目にいくよなあ。これじゃ。
 そうなるともうコイツもこなくなるんじゃないか・・・。
 俺が材料かってくりゃあいいのかも知れないが、必ず食材付きで松山のほうが先に待ってるんだ。

「たしかになぁ。そろそろネタも尽きてきてんだよ」

 ほら、やっぱり。
 
松山が、じゃあ、といった。

「じゃあ、俺とか」

 え?今なんっつった?

「俺とか食ってみる?」

 バカのように箸を宙に浮かばせたまま、思わず俺は松山を凝視した。
 きっと間の抜けた顔をしてるに違い無い。
 もぐもぐと口を動かしながら、松山は続ける。

「だって日向、別のモン食いたいって」
「じゃあ食う」

 今度は間髪いれずに答えた俺を、松山が目をまんまるに見開いて凝視した。
 そりゃオカズがそんなこと自分から言うんだ。食うにきまってんだろう?
 
「はあ?なんだって?」
「お前を食う」
「やだなぁ・・・日向、なに真剣な顔して・・・冗談だって・・・な?」

 既に箸をおいた俺は、じりじりと松山のほうに間合いをつめる。
 今まで押さえてきた気持ちが、一気に噴出し、頭よりも先にカラダの方が動いていた。
 松山が焦った顔をしながら、後ろ手に後退するのを追い詰める。

「おい、日向。ちゃんと想定問答通りに答弁しなきゃ議会がなりたたねえだろ!!」
「ん?なにいってんだオマエ」
「『おまえなんか煮ても焼いても食えねえよ』っていうんじゃないのかよ〜。それで俺がさぁ・・・」

 松山の想定問答なんかしったこっちゃない。
 単に言葉の応酬を楽しもうと、ふったフレーズだったのかもしんねえが、俺にはいっちゃダメだっつーことわかってなかったのかよ?
 それとも?

「食えねエかどうかなんて、食ってみなきゃわかんねえだろ。うだうだいわずに大人しく食べられろ!」
「待て!!!俺なんかまずいって、ほんとだって!!!っていうか日向ナニ考えてるんだよ〜〜〜」
「焦ってる松山と同じ事

「・・・・・・」

 松山の顔が朱をさしたように真っ赤になる。
 ほら、やっぱり俺と同じことじゃねえか。

「・・・ナニ、まじになってんだよ。さっきのは冗談だって、冗談」
「・・・・・・・」
「おい、日向?・・・忘れたのかよ前に俺がいったこと。・・・・あれきりだろ?」

 ああ。松山も忘れて無かったんだ。
 っていうか、フツーああいうことされた方は忘れるわけねえか。
 今までの態度からだと、こいつは忘れてんじゃねえかとか思ったりしたけど。ちょっとトリ頭なところあるからな。
 俺だって忘れたわけじゃねえ。忘れるられるわけがねえ。あのときの狂おしい程熱くなった時間を。
 しかし今回は、こいつが誘ったんだ。こいつが。
 一度ついてしまった火種はそう簡単には消えない。
 俺はもうどうなってもいいやという気分になっていた。
 それよりも目の前の松山を・・・・。
 

 壁際に追い詰めた松山の肩を、壁に押し付けると、有無をいわさず松山の口に俺の唇を重ねる。
 そのやわらかい感触に欲望のスイッチがオンになる。出力はいきなりMAXだ。
 そのままの勢いで舌を入れる。
 いきなり入り込んできた俺の舌に、松山のそれが一瞬逃げようとするがすかさず搦めとると、今までの思いを込めて力一杯吸った。
 いやいやと頭を振って、俺の唇を振りほどこうとするのを、頭をしっかりと抱え込んで更に深く重ねる。

「んんぅっ」

 唇に隙間ができるたびに、漏れる松山の声は鼻にかかって妙に甘い。
 本人もイヤなのか、必死にかぶりをふろうとする。
もう後戻りはできないとおもいながらも、松山の反応が気になって、唇を離し表情を伺う。

「松山・・・ずっと・・・好きなんだ・・・」

 普段だったら、赤面モノ、そしてすぐに手がとんできそうな台詞が自然にこぼれる。
 名前をよばれ、すこし潤んだような漆黒の大きな瞳が、息を整えながら俺をみつめた。
 顔はすっかり上気して、真っ赤だ。

「・・・俺、お前が欲しいんだ」
「なにいって・・・やだよ・・・」
「・・・我慢できねえよ」


 欲望をストレートに訴える。そう、松山が。目の前のこいつが欲しい。
 ずっとずっと押さえてきたが。今までよくも耐えてていたもんだ、と自分でも吃驚するくらい、いま、欲しくて欲しくてたまらない。
 そして、また松山の唇を求める。
 ちゅっ・・・ちゅ・・・。
 艶めいた水音が漏れる。
 松山の目はぎゅっと閉じられ、睫が羞恥に揺らいでいた。

「はぁ・・・・・。・・・ひゅう・・・がっ」

 溜息みたいな声を漏らしながら、
 すんなりとした松山の白い首筋がぴくぴくと痙攣する。
 そっとそのラインにそって肌をなぞりながら、胸元を緩めもっと下へと指を降ろそうとする。
 松山は俺との間に腕をいれ突っ張り、そんな俺の動きを封じようとあがいていた。
 流石に、その抵抗は強いが俺もここでは止められない。
 逃げようと身を捩る動きでできた俺と松山の隙間に、するっと手を入がはいった。
 シャツをたくしあげ直接肌に手を這わすと、手のひらに松山の温もりが伝わってくる。・・・すげえ触り心地いい。
 感動しつつさわさわと、感触を楽しんでいると、びくんっ、と松山の身体が反応を示す。
 思わず、にやりと笑ってしまった。

「・・・っ、ぁ」
「ここ、感じるのか?」
「なにいって、くそ・・・笑う・・なよっ・・・」
 
 俺の指は、松山の胸に達した。
 指先に平らなそこにある突起が引っ掛かる。
 爪でちょっと弾くと、また松山の腰が跳ねた。

「・・・ぅ・・・あぁ」
「感じるんだな・・・」
「はぁ・・・、そんなこと・・・」
「男でも、感じんだよ」
「うそっ・・・やぁ・・・」

 腰のあたりに体重をかけてのしかかり、松山の動きを封じる。
 俺の求めて止まない松山の赤い唇に再びひとつくちづけたあと、めくりあげたシャツの下に色付くもう一つの赤い場所に触れた。

「・・・あっ!」

 ぺロリと舌で舐めたあと、ちょっと考えてからおもむろに、音を立てて吸い上げる。
 
「こっちもな」

 含んだまま声を出すと、松山のカラダはきれいに仰け反った。
 白く滑らかな松山の肌に口付けを落としていく。
 感じやすい場所に唇が触れるたび、必死で松山は声を堪えているようだ。というか、常に俺の下の松山のカラダはびくびくと反応する。
 めちゃくちゃ感じやすいんじゃねか、松山。

 普段でも色の白いやつだとは認識していたが、目の前に広がるこれはなんと表現したらいいんだろう。
 だんだんと、桜色に染まっていく。
 色っぽくて・・・たまんねえ。


「・・・・っ、・・・・・うン・・・・」

 もっともっと声が聞きたくて、飽きもせず、弄るごとに硬く尖った胸の小さな突起に唇を寄せる。
 わざと軽く噛む。こりこりと歯で挟んだまま舐る。

「・・・あんっ」

 とうとうかん高く甘い声が発せられた。
 慌てたように、松山は自分の腕で口元を押さえた。
 声きかせてほしいのに・・・。シャツを剥ぎ取り、上半身をくまなく探索する。
 目をぎゅっとつぶって、声をあげまいとする松山の表情は俺を煽るばかりだ。
 
「・・・はぁ・・・・」

 あとからあとから沸き上がるむず痒さに、息を整えようと松山が大きく息を吐いた。

 こうなると、すっかり松山のカラダは崩れ落ちる。俺はゆっくり床に横たえた。
 覆いかぶさるように、松山の顔を覗き込む。

「気持ちよくしてやるから」

 そうして、松山の残りの服に手をかける。

「ば・・・、なにが気持ちよくだよっ!!も、勝手にもりあがんなっ」

 相変わらずの憎まれ口だ。
 俺は聞こえなかったフリをして、松山のジーンズの腰に手をかけて、下着ごと引っ張り降ろした。
 すんなりとしているが、引き締まった細い腰に目を奪われる。
 ロッカールームで、見慣れてるはずの松山の裸体なのに。