街路灯が仄かに照らす道を、急ぎ足で歩く。
俺から日向にかけた電話には、本人はでなかった。だが留守電にメッセージをいれておいた。『俺んち来い!』と。9時頃になって日向から電話がかかってきたのに出ると、今からいくとの返事。
心無しか声のトーンが低かったのは、やっぱり雑誌記事掲載のせいだろうか。
日向は俺の家を知らないはずだが、もう、そばまで来ていると言う。よく聞くと、駅から家へ向かう途中にある公園にいるらしい。大方、反町あたりに聞いてきたんだろう。
直接来ると言う日向をそこで待たせることにして、俺は日向を迎えに出てきた。
電話をきってから五分くらいで着いたはずだ。だって、足はサンダル、服だってTシャツ短パンのままだ。手には鍵だけ。
流石に夜の児童公園には他に人なんかいない。ベンチに座った日向の姿が浮かび上がって見えた。
なんて声かけよう。今回は大変だったな、気にするなとか?うまい言葉が選べない。
日向の前に立つと、日向は「みたか?」と開口一番聞いてきた。
「みた」
「そうか」
あとに続く言葉もやっぱり思い浮かばなくて、とりあえず日向の横に座った。
すこし強めに吹く風が、ポイ捨てされていた空き缶をころころと転がす。
ざわざわと木々を揺らす音だけが響く。
しばらくお互い黙っていたけれど、こんなところで座り込んでいても仕方がない。俺は立ち上がると日向を促した。
「いくか」
「なんか、すまねえ」
「あー、ウチ酒とかねえぞ?帰る前になんか買ってくか?そうだ、俺金もってねえ」
「いや、いらねえよ・・・」
「そうか?茶くらしかねえんだけど」
「気にするな」
「・・・そう?」
家につくまでの間、やっぱり俺達は無言だった。
玄関を明けて部屋にあがる。しかし、続けて日向は入ってこない。玄関の外でじっと立っている。
「なんだよ。入れよ」
「松山」
「何?」
「オマエが・・・呼んだんだ」
「・・・そうだよ。だからどうしたよ。入る気ねえんなら帰れよな」
自分が呼べ呼べ言ってたくせに、なんだよそれは。
ちょっとむっとして返事をしながら、ドアを閉めようとすると慌てて日向が滑り込んできた。鼻先に日向の胸板がぶつかった。
柑橘系の匂いと混じった汗の匂い。日向の匂い。
他人がこの部屋に足を踏み入れるのは久しぶりだ。そこから空気がかわっていくような気がする。
「そのへん座れよ」
日向はきょろきょろと興味深そうに部屋中を眺めている。そんなに広い部屋ではないし、モノもあまりない。日向の目をひくものは全くないと思うのだが。
ソファーに日向が腰掛けたのを確認して、冷蔵庫にあったウーロン茶のペットボトルを日向に振って見せる。
「コレしかねえけど飲むか?」
「ああ」
テーブルにペットボトルと二人分のコップを並べ終わると、俺は日向の向い側の床の上にあぐらをかいた。
ソファー座っている日向を見上げる形になる。
さて、そろそろ本題に入らないと。ふう、と一息ついて呼吸を整えてからようやく切り出す。
「アレさぁ、みたけどよ・・・。お前なにやらかしてんだよ」
「松山はどう思った?」
「どうって―――」
そう言う風に聞き返されると思わなかったので、一瞬返答にとまどう。
どう思ったって、そりゃさ。
「何ばかなことやってやがる、って―――」
「ばかだよな、ほんとに」
日向は自嘲気味に呟いた。じっと見上げていた視線をふいっと逸らされる。
そしてベランダの方を眺めながら、日向は続けた。
「なんとなく自棄になってホテルまでついていってみたけど。あんくらいの女ならどうにかなるかと思ったんだけどよ。やっぱダメだった」
「・・・自棄になるようなことあったのか?」
「このまえいったろ。女じゃ勃たねえって」
思わずごくんと唾を飲み込む。
やっぱ聞き間違えでもなんでもなかったんだ。それで日向も悩んでるのか?
「松山に言っちまって悪かったけどよ。お前にいってどうなるもんでもねえのにな」
「あのさ・・・。あの・・・」
男同士なんだから、こんなことくらい普通に聞けるものなんだけど。そうなんだけど。
その後の展開がぼんやりと俺には見えてきて、これを口にしてしまっていいのか悩む。でも日向を家に招き入れたのは、ヤツも確認してたけど―――俺自身なんだ。
俺の呼び掛けに、逸らしていた日向の視線が俺へと戻る。
日向の探るような視線に、俺の方が今度は床に視線を逸らす。あ、探してたキーホルダーがソファーの影に落ちてた。なんだやっぱ灯台もと暗しかぁ・・・って今はそんなことじゃなくて。
だいたい俺達にこんなかけひきめいた、遠回しの会話なんて似合わないはずなんだ。
聞きたかったこと、確認したかったことを俺は覚悟を決めて口にする。
「あのよ・・・、日向ってさ。いつもどーしてんの?」
「いつもって・・・なにがだよ」
「だからさ・・・、女のヒトダメなんだろ。溜まった時どーしてんだよ。そーいうのねえとか言うんじゃねえよな?」
「俺も男だからな。抜かねえとどーにもなんねえ時はある」
「どーやってしてんだよ?」
やっぱりはっきりきけない。
ちくしょう、日向、早くきっぱりいいやがれ!!
「―――きいてどうする」
むっつりと日向が唸るように言う。
きいてどうするって―――、どうするつもりだよ俺。
「日向が・・・またあんな阿呆記事なんか書かれて、みっともねえことになったら困るじゃねえか。だいたいお前だけってより、俺達仲間の恥じゃねえか」
そうだ。だから俺は。俺が―――。
「日向、お前男だったら勃つのか?」
ぎくりとしたように日向の肩が震えた。
「違う・・・いや、そうなのか・・・っていうか・・・」
日向にしては珍しく歯切れの悪い言葉。図星なんだろう?
やっぱりそうなんだ。ようやく納得できる俺の思っていた通りの答えがでて、俺はふうっと息をはいた。よかった、っていうのは変だけど、安心したというか。それも変か。
なんだか日向がとても可哀想に見えてきて。そうだよな、こんな悩み抱えてたら辛いよな。
きっと若島津や反町とかにも近すぎて言えなくて。俺にだから漏らせたのかもしれねえ。
コイツがうちにきたがってたのも、その話をしたかったのかもななんて、勝手に俺は納得した。
今日はとことん悩みきいてやって―――。
俺が一人で結論をだしはじめたとき、日向がぼそりと呟いた。
「・・・松山だと勃つんだ」
「へ?」
「お前で抜いてる」
な、な、な、な、何?
日向が俺で?
途端に、この前の初めて二人で飲んだ時の日向の嬉しそうな顔や、プールサイドで肩を掴まれた時の変な態度とかが走馬灯のように頭の中をかすめていく。
そして、俺自身も日向の言葉に勝手に盛り上がって自慰してしまったことまで。
すごい早さで体中が熱くなる。やだ・・・俺、期待してたのか、日向がこう言うの。わかってたから、自慰できちゃったのか?
「気持ち悪いか?そんなヤツ家にひきいれちまって、マズイとか思ってるか?なあ?」
黙ってしまった俺に、日向が矢継ぎ早に問いかけてくる。
そのくせ口調はみょうに落ち着いて、真剣味がこもってて、迂闊に笑いとかで受け流せない感じだ。
「俺なんだ・・・」
「すまねえ」
「いや、あやまんなくてもいいけどよ・・・。その・・・」
「お前に迷惑かけるつもりはなかったんだ―――」
息苦しくなってくる。なにかをいわなくちゃと思うばかりで、うまい言葉が見つからなくて。
気持ち悪いとは思わないんだ。マズイとも思わないんだ。だけど、とにかくどう答えていいかわからねえんだけど、ちゃんと日向に伝えなくちゃいけねえっていうのは分かってて。
大きく息を吸い込み、深呼吸する。少し落ち着く。
「おまえがみっともねえ記事書かれたのは、俺のせいでもあるんだな」
「それは違う!松山のせいじゃねえ!!」
「でもそういうことだろ。だったら俺が責任とんなきゃいけねえんじゃん」
「責任って・・・」
「日向は不能じゃねえってこと証明しなきゃなんねえだろ・・・?俺だと・・・お前抜けるんだろ?」
「松山・・・」
「俺だって同じ男なんだからわかってるよ」
ごくりと日向の喉がなる。
これは同情みたいなもんなんだ。だって俺は日向みたいに誰かじゃないとできない、なんてことはねえんだもん。俺じゃねえとダメっていうからしょうがないんだ。しょうがないんだから―――。
ゆっくり立ち上がって、ソファーに座った日向の前に回る。
日向は目の前に立った俺を見上げて、動かない。俺を見つめる視線だけが落ち着きなく揺れる。
男同士の濡れ場なんて、いまだかって経験したこともなければ、きいたこともない。
どうすればいいのかなんて全く理解不能だ。
ただ、日向が興奮するのなら・・・普通だったらやっぱりコレなのかと思い、目の前で着ていたTシャツを脱ぎそれを日向のかけているソファーの端に放り投げた。
とはいえ、上半身裸くらい、しょっちゅう見てるか。
プール入ればみんなそうだし、試合後とか全日本合宿の時も随分目の前で脱いでるもんな。それに他の男とどこも違うとおもわねえがこんなカラダでなぁ・・・。
しかし、そう思わねえからこそ悩んでるらしい日向の様子がみるみる変わる。
心無しか呼吸が早くなっているようだ。浅黒いからよくわかんねえんだけど、顔も紅潮してるような。
「本物は・・・違うよな・・・」
感嘆したように言うのに、思わず笑ってしまった。
「わ、笑うんじゃねえ」
「だってよ」
「松山、お前これからすることほんとにわかってんのか?」
「・・・なんとなく」
「お前が、お前が呼んだんだ―――」
日向がうちにきてから2度目の台詞をいう。呼べ呼べいってた理由がようやく分かってきた。
たぶん、コイツは俺に対して負い目があるから、勝手に来れなかったんだ。それでも俺のウチに来たくて、確固たる理由が欲しくての言葉が「俺を呼べ」だったんだな。
ズルい。そして最後まで逃げ道を残そうとしてやがる。この先に起こることも、不可抗力とか言うんだろ?お前が勝手にウチきたわけじゃねえもんな。
まあいいさ。それだけ日向が臆病になっちまうのも仕方ねえよな。普通だったら考えにくいもんな。男同士なんて。
正直、俺も今なんでこんなこと言ったり、やろうとしてるのかわかんねえけど・・・。
「日向はしたことあんのか?」
「?」
「男とやったことあんのかって、ことだよ」
「ねえよ―――」
日向が俺の両腕を掴んで引っ張った。その勢いで日向の上に俺は倒れこむ。
日向の腕が俺のカラダを受け止めた。素肌の上に日向の手のひらの感触。試合後、肩を組んだりしたことあるはずなのに、やっぱりこれからしようとしていることのせいか、妙に意識してしまう。他人の体温を。
ざわっと肌にさざ波が流れたようになる。
並んでソファーに座るような形になったところで、頭の後ろに手を回され引き寄せられて。
ああ、キスなんて久しぶりだ。しかも男となんて初めてだ。
思ったよりも気持ち悪くなかった。柔らかな感触が、俺の唇の上を這っていく。日向が舌先で舐めている。
条件反射で瞑ってしまっていた目を薄く開いた。物凄く近くにある日向の顔。
俺を見つめる瞳は、いままで見たことのない優しい色。急に恥ずかしくなって、静止をしようと口を開いたところを、間髪入れずに日向が舌を差し込んできた。
あっという間に口腔内を満たすような動き。巧みに動く日向の舌先が、上顎や頬の裏側をなぞった後、固まっていた俺の舌を絡めとる。
「・・・っふ・・、んっ、うっ・・・ん」
粘膜が擦れあう湿った音とともに、重ねた口の隙間から漏れてしまう声が鼻にかかってしまう。
角度を変えて何度も何度も求められる。
やばい、ぞくぞくする・・・。
絡み合う舌の動きにあわせて、背筋を妖しい感覚が駆け上ってくる。
キスだけでもこんなになってしまうもんだったっけか。思わず、目の前にあった日向のシャツを握りしめてしまった。
それに気付いた日向は、ちゅっと微かな音をさせてようやく俺の唇から離れた。
そしてシャツを掴んでいた俺の手に、自分の手を重ねてゆっくりとそれを引き剥がした。そして手を握りしめたまま、じっと俺の目を覗き込みながら日向が言う。
「・・・優しくするから」
「・・・なんかそれってハジメテの女の子とやるときの定番台詞じゃねーの」
「俺は本気だから」
「ちょっと待て」
「なんだ?」
「・・・そういえば、俺ってされるの?」
「やってみなきゃわかんねえ。俺もはじめてなんだから」
いや、それ答えになってねえ日向。
「おい」
しかし、日向は俺の問いを無視してもどかしく自分のシャツを脱ぎ捨て、俺をソファーに押し倒し重なってきた。
素肌のカラダが折り重なり、否がおうにもお互いの胸の鼓動と熱が伝わってくる。
じわじわと重なったところから熱が生まれ、火照ってくるようだ。
するすると日向の指先が脇腹を這い上ってくる。くすぐったくて思わず身を捩った。だいたい、こんなことされたことねえ。
「日向、くすぐったい!」
「くすぐってえっていうのは、感じるってことだろ」
すこし楽しそうに日向が言う。なんだかむかつく。
そうこうしているうちに、指先は俺の胸の尖りに辿り着いていた。そして、きゅっと軽く摘んできた。
「んっ、あっ」
感じたことのない刺激に、カラダの中を何かが走り抜けていった。痛いような、なんというかこれは。
漏らしてしまった声に日向が嬉しそうに笑ったのを聞き逃さなかった。ちくしょう、なんだよ。同情してやってんのに笑うんじゃねえ!
絶対声なんかだしてやんねえ。大体言わせてもらえば、手早くさっさと俺でもみながらてめえで扱いて抜きやがれってんだ。
まるで、おもちゃを与えられたコドモのようにしつこく日向の親指と人さし指が、俺の乳首をつまんでははなす。きゅっきゅっとつねるようにされて、その度にカラダがびくんと跳ねてしまうが、唇を噛んで声を出さないようにした。
認めたくはないが、カラダを走り抜けていくこの感覚は、快感だ。
どうにかそれを逃がそうと、右足を膝立てた拍子に、俺のカラダを跨ぐようにして覆いかぶさっている日向の股間に足が当たった。
日向のソコは、布地越しでもわかるほどに怒張していた。あきらかにふつうの肌とは違う固い感覚。
ほんとに日向って俺で勃つんだ。妙に納得してしまって、思わずカラダを起こしてまじまじとみつめてしまっていたようだ。
そんな俺に気付いた日向は、俺の胸を弄っていた手を止め、ズボンを脱ぎ捨てる。そして、下着姿になりそれをどうしようか迷っていたようだったが、結局は邪魔なのかそれも足から抜くと全裸になって再び俺に覆いかぶさってきた。
紛れもない男の姿だった。
つづく