眩しさに目が覚めた。
どうやらリビングでそのまま寝てしまったらしい。固いフローリングの上に横になっていたせいか、からだの節々が少し軋む。
カーテンを閉めるのも忘れていたらしい。さんさんと朝日が部屋の中に差し込んで俺の右腕を熱くする。
そんな部屋の爽やかさとは裏腹に、寝起きの気分は最悪だった。
昨晩の自慰に今さらながら後悔してみたり。すっきりというより、けだるさが下腹部に残ってしまっているような感じだ。全く持って意味ねえじゃん。
本当に日向は今日うちへくるのだろうか。
朝一番に思い出すのがコレだ―――。
なんとなく携帯に手を延ばしてみる。録音一件。
持ち歩いている時はバイブにしておき、部屋にいるときに音が鳴るようにしているのだが、それも忘れていたらしい。着信があったことに全く気付かなかった。
時間はなんと1時間前だ。ついさっきじゃねえか。
そして、録音メッセージの主はなんとなくわかっていたけど。
『・・・日向だけど。悪い、今日いけなくなった。また連絡する』
何それ。
日向がくるのかどうなのか、ぐるぐるしてる俺が阿呆みたいじゃん。俺はヤツに来て欲しかったのか?くることを期待してたからこんなにイライラするのか?
それにこの高飛車な態度はなんなんだ?むかつく。
でも正直ほっともしたんだ。まだ、日向に会うのが躊躇われるから。
こうやって日向が普通に電話してこれるってことは、単に昨日のはあの酒の場でだけの話しだったのかな。俺があんまり気にすることもなかったんじゃねえのか。
そうこうしているうちに、出かける時間が近付いてるのに気付き、慌てて支度を始めた。
「松山、このまえはごめんな〜。今度いつ暇?飯奢るし、っていうか奢らせて?今晩とか空いてる?」
反町から電話。
このまえ約束反古したことのお詫びのつもりらしい。
「んなの、急にいわれても無理だ」
「そーだよねえ。でも松山会おうよ〜〜〜〜」
「なんだよ・・・なんかあったのか?」
「あり、あり。大あり」
「何?」
「・・・・・彼女に逃げられた」
「あー。そーゆー話なら別にしてくれ」
「松山も関係あるんだってば!」
「俺が?どうして?」
「説明するから会ってくれるよね?今何処いるの?すぐそこいくからさ!!」
仕方なく反町に会うことになってしまった。
まあ、特に約束もなかったから飯代浮くしいいか。話も特に相づちさえ適当にうってれば反町は怒らないし。
でも俺のせいで逃げられたってなんだよなー。
それじゃあ俺が悪いみたいじゃねえか。
「ごめん、松山〜、好きなもの頼んで?」
「じゃあ遠慮なく。で、彼女が逃げたっていうのは何?」
「もーね・・・。このまえ松山と映画いく約束した日、ひさしぶりに彼女と会えることになったからさ、あえて別行動させてもらったじゃん?」
あーいうの別行動っていうのか?思わず心の中で突っ込みを入れる。
「彼女にそれ言ったら、日向さんと松山に会いたかったのにどうして一緒にいかなかったんだ!ってすごい剣幕で怒られちゃってさ。そんでなんか終わり」
「何それ」
「だよねー。ひどいよねー。だから松山のせい」
「ひでー。別に俺関係ないじゃん」
「・・・・・まあいつものことだし;;」
反町が運ばれた食事を凄い勢いでかっ込みはじめる。反町なりに落ち込んでいるんだろうな。
こういう時は、こいつ自身が答えを出すのを外野は見守るしかない。せめて俺は、反町があまりの勢いに喉につまらせないように、水をすすめてやる。
その水も一気に飲み干した奴のために、店員にピッチャーで水を頼んでおく。
なんだかなー。でもいつものことってなんだろうな。反町とのつき合いは俺が東京にきてからだ。それ以前のことはわからない。
話を変えるつもりで、俺はちょうど聞きたかったことを訊ねてみることにした。
「なあ、反町。ちょっと・・・きいてもいいか?」
「ん?何?」
「あのさ・・・。日向って彼女とかって―――」
「あ〜〜〜、だめだめだめ!!」
思いもしなかった大きな声で反町が言葉を遮るのに吃驚する。なにもそんな剣幕で怒鳴るなよ。
さっぱりわけがわからず、眉間に皺が寄ってしまう。
「あ、ゴメン。ついつい」
「だめ・・・って、俺まだ先いってねえんだけど」
「だから、日向さんに彼女いるか?でしょ。だからダメだってば。松山も誰か知り合いの子に聞いてくれって頼まれてきたんだろうけど。すぐ紹介してくれって頼まれるんだけどさ。でも日向さんはダメ。」
「そういうんじゃねえけど」
「そうなんだ?」
「ダメってことは彼女いるのか?」
「ううんいないよ」
「じゃあなんでダメなんだよ」
そうだよ。彼女いねえんだったら、いいじゃねえか。
本人ならまだしも、なんで反町がそんなに気を使ってんだよ。ナゾ。
「昔からなんだよ。東邦に入ってからずっと一緒だったけどさ」
「ふーん。何、じゃあ日向って今までも彼女いたことねえのか?」
「なんかねスゴイ好きな人がいるみたいらしいんだけど、あの人、そういうことって話さないしさ。若島津もなんとなくそうらしいくらいしかわかんないって。だからっていうんでもないだろうけど、女の子が思いを寄せてても全然だめなんだよね。まあ一応日向さんは硬派ってことでさ。きゃーきゃーいわれたりするのが苦手なのかなぁ」
「硬派・・・なぁ」
「松山、なんかあった?」
「へ?いやなんもねえよ」
「そーいや松山は?こっちきてから彼女つくらないの?」
「うーん、なんか自分のことで、まだ精一杯って感じでさ。お前とかが遊んでくれるから、いまんとこそれで十分」
「松山も早く彼女作ってほしいんだけどね。もー人気あるんだからさー。そうそう俺の友達の知り合いの子がさ〜」
「あ〜、紹介だったら、俺もパス!日向と同じってことにしといて」
「そんなぁ〜」
彼女のいない日向。女の子が苦手らしい日向。
ここで、俺がこのまえヤツにいわれたことを反町とかは知っているのだろうか。東邦って男子高だからそーゆーの普通なんだろうか。
女じゃ勃たねえって言ったくせに、好きな人がいるって。その子以外ってことなのか?まさかその相手っていうのが男だとか・・・。
考えが恐くなってしまった。でも反町とかも知らないみたいだし。そういうことじゃねえのかな。
考えれば考える程、わからなくなってくる。俺はどんな答えが欲しいんだ?
「日向がさぁ」
「ん?日向さんが?」
「アイツ・・・ウチに呼べ呼べって五月蝿いんだ」
「へー。そーいえば、前にみんなといた時もそんなこといってたよね」
「言ってたろ?あれ、なんなんだろうな。反町って日向んちいったことあるのか?」
「若島津は幼馴染みだからいってるみたいだけど。俺は1度だけお引っ越しの後に。ほら、日向さんってまだ実家じゃん」
「ふーん」
「まあ呼んであげれば?別に松山んとこ一人だしいいじゃん。そんときは俺も呼んでね」
「ああ」
日向からはあれきり電話もなく、お互い試合でもプライベートでも会う機会がなかった。
俺からも連絡はとりにくくてそれっきりだ。
時間が立つと、単にあれは酒の席での戯言だったんだなと思えてきて。
ウチのサボテンの粒はあれ以来、さらにすくすく育っている。
以前に日向とばったりあったスポーツクラブのプールでまたひと泳ぎした帰りの電車の中。
ふと見上げた車内吊りの広告。週刊誌の過激な見出しが踊っていた。たぶん人が買ってくれるようにかなり誇張して見出しはつけられているんだろうけど。
超大物女優が若手俳優と同棲しているらしいとか、だれそれの疑惑とか。他人の生活覗き見て、不幸は笑って揚げ足とって。つくづく人間ってしょうもない生き物だなあって思う。
くだらないとは思いつつも、空いた車内で他にすることもなく、それらの字面を目で追ってしまう。
オヤジ向け週刊誌のH記事っぽい見出しにそれはあった。
『あのサッカー選手Hは不能?現役モデル、ベッドでの一部始終を激白!!』
職業柄、サッカーという単語には敏感に反応してしまう。
こういう業界もよっぽどネタがみつけにくいのか、俺達のような選手が誰とつき合ってるとかどうとかって、記事にすることはよくある。それは選手が、というより相手の女の子がたいてい人気の女優さんだったりするから女性読者の目をひきやすい為もある。
もしくはアイドル並みに選手自身が人気がある場合。そういう風にメディアにでている場合。
本人の意図するところではないにせよ、今、そんな立場にいるのはあいつ一人。
いまだかって、こういった好奇の目に曝されるような行動を「しない」ヤツだったために、余計に目をひかせるネタだったんだろう。
俺はなんだか、もういてもたってもいられなくなってしまった。
その記事が人の目に触れることが耐えられない。なんだか、となりに座ってる優しそうなオバサンですら、あいつのことを笑っているようで―――。
電車がホームへ滑り込むと、俺はすぐに駆けおりた。
売店でその雑誌を買う。小銭を置く手が震えていた。売店の女の子も失笑しているように思えた。
家へ向かう足はほとんど小走りだった。
途中で雑誌を開きたい衝動に駆られながらも、それができなくてとにかく早く家へ帰ろうと。
玄関の内鍵を閉めるのももどかしく、玄関先で足下に荷物を放り投げると、すっかり握りしめてよれよれになっていた雑誌を開いた。
その記事は、見出しの割には2ページくらいで、案の定、ヤツらしいシルエットの写真がバックに使われていたが、実際の現場の写真とかはないみたいだった。
内容は、ヤツとベッドインしたという自称モデルの女のヌード写真と、そいつの告白とかいうやつで。要は、女性の憧れのHにアタックし、ようやく「できる」ということになったとき、Hは女のテクにも関わらず全く用をなさなかったという、女にしてみれば「バカにしてる」ということの逆恨み記事だった。
冷静に読んでみればなんとも阿呆らしいものだった。これくらいじゃあ、他のファンの人も「この女バカ?」くらいでヤツ自身にはそんなに悪評がたつものでもないだろう。でも―――。
「なにやってんだよ、日向・・・」
思わず溢れた声が掠れていた。
そうだよ、なにやってんだよ日向のバカ。
俺は、躊躇なくはじめて日向の電話番号を押した。
つづく