Unknown Language(2)

 
 


 練習が終わると、まるでどっかで見張っていたかのように、反町から電話が入った。
 着替えながら、携帯の通話ボタンを押す。

 「もしもし松山?今日コレから暇?最近全然あってないじゃ〜ん。あそぼーよー」
 「これから・・・?」
 「そう、日向さん今週いないんでしょ」
 「ああ、なんか仕事で海外いくっつーってた。いてもいなくても同じだけどな」
 「またまたそんなこといって〜」
 「いや、ほんとに」
 
 すると反町がウチに来たいというので、酒とツマミ持参でならと認めた。
 どうせ若島津なんかもついてくるんだろう。
 俺は慌てて身支度を整えると、マンションへ帰った。

 
 割と日向はキレイ好きだ。
 俺は、つかったもんはそのまんま放り投げておく方なんで、何度も怒鳴られた。
 しかし生返事で一向に片付けない俺に見兼ねて、たいていは日向が舌打ちをしながらも片付けていた。そのおかげで、共用部分のリビングは普段はきれいになっていたけど、流石に三日も奴がいないとすぐに散らかってしまう。
 なんとか反町よりも早く部屋に戻って、速攻片付けはじめた。
 読みかけの新聞、雑誌、今朝食べたバナナの皮、昨晩飲んだ空のペットボトル、一昨日使ったバスタオル・・・。
 それから、日向の使ってるクッション、グラス。
 って日向の?
 なんででてるんだろうと考えて、無意識のうちに自分で使ってた事実にはっとする。
 ばっかみてえ・・・・・。
 

 
 「相変わらず松山のもってるCD、マニアックだねえ。ふつーの人さっぱりだわさ」
 「いいんだよ別にわかってくれなくても」
 「モーニング娘とか、あゆとかないの?」
 「あるわけがない」
 「カラオケ、松山嫌いだもんね〜」
 「嫌いっつーか、知ってる歌がはいってねーんだよ・・・」
 
 反町が、何か聴きたいというので俺の部屋の大量のCDを、勝手に漁らせることにした。
 ステレオはリビングに置いてあったが、ほとんどそこで聴くことはなかった。
 日向と住み始めた頃は、あいつにも俺の好きな音楽を聴かせてやろうと、ステレオ周りに沢山置いておいたけど、リビングでは日向がTVをみてることがほとんどだったので、俺は自室のラジカセで聴くようになってしまった。
 たまに日向がいないときに、ゆっくりステレオを独占することもあったけど、最近はホコリを被ったままだった。

 「お、あ、コンポストの新譜があるじゃ〜ん。これにしよう」
 「へーへー、どうぞ御自由に」
 
 反町が自分で選んだCDを、ステレオのCDデッキにいれようとする。

 「あれ、なんかはいってるわココ」
 「え?俺しまいわすれてたのかな」
 「はいよ、コレ」

 自慢じゃ無いが、CDだけは聴いたらすぐにケースにしまって片付ける癖があった。
 だからステレオにいれっぱなしなんてことは、ありえないはずなんだけどな。
 手渡されたCDは、確かに俺のものだった。
 最近聴いたっけ?まあいいか。
 勝手にがちゃがちゃやってる反町を放っておいて、部屋に戻ってケースを探す。
 
 「ポート・オブ・ノーツの青いジャケットは・・・っと」

 目当てのケースをみつけて、手にとり一瞬、あれっと思う。
 重いのだ。空であればもうちょっと軽いはずなのに。
 開けてみると、同じCDがちゃんと鎮座していた。じゃあ、このCDって・・・?
 しかし考えはチャイムの連打に遮られた。
 
 「若島津きたみたい〜」
 
 オートロックの玄関モニターにでた反町の声が聞こえた。



 若島津と反町のもってきた大量の酒と、つまみで宴会が始まった。
 日頃の自分達のこととか、所属してるチームのこと、他の仲間達のこととか話題はことかかない。
 他愛も無いこういう会話で、気心しれた友人と飲む時間って結構大事なんだよな。
 ちょっとした間ができて、思い出したように若島津が切り出した。
 
 「そういえばさ、ここにきてから何ヶ月?」
 「あ〜。もうすぐ三ヶ月かな」
 「まだそんなもんだったっけ」
 「んー」
 「なんかさー日向さんが、すっごい幸せっていってたんだよな・・・」
 「・・・・・いつ?」
 
 若島津が苦笑混じりに呟く。
 まったくお前らがうらやましいよと。
 ちょっと待て。
 この生活が幸せ?日向が?そりゃ住み始めた頃の話だろ。
 だって今の状態は、少なくともあいつにはつまんねーんじゃないだろうか。
 恋人らしいこと、何にもしてやらないし、させないし。昔みたいなすかーっとする喧嘩すら、最近はしてないんだ。

 「そうそう、ゆってた日向さんってば。もー恥ずかしいよねっ、あの人!いないから言うけどさ〜。松山と同じ場所にいれることが幸せとかいうんだもん〜。このこの〜!!!」
 「だからいつそんなこと、あいつがいってんだよ!!」
 「もう、松山までなにいおうとしてんだよー。日向さんに会うたんびオレ達いつも聞かされるんだってば。直近だと5日前?」
 
 反町に、このバカップルめ〜っと、頭をぐりぐりされながら言われる。
 俺は、されるがままになりながら、その言葉を反芻するも何をいってるのか全く理解できなかった。
 何いってるんだ?どういうことなんだ?
 日向・・・なにいってるんだ?

 「・・・・・・んなわけないだろう・・・・」
 「え?なんかいった松山?」
 「日向が・・・この暮らしが幸せだって?そんなわけあるはずないんだ」

 まるで棒読みの自分の声。
 頭がガンガンする。指先が冷たくなる。
 さっきまでからかっていた若島津と反町も、ぎょっとしたように俺をみる。
 
 「やだなぁ・・・松山何いって・・・」
 「俺、このウチきてから一度も日向と寝てないんだぜ・・・それでもあいつは幸せなのか?」
 「松山・・・」
 「そうだよ、あいつは全然悪く無いんだよ。俺が、俺が拒んでるだけなんだから。そんな俺と一緒で日向は幸せなのかよ。なあ、教えてくれよ?」

 淡々と本音が溢れ出す。
 なんで、この二人にこんなこと喋ってるんだろう俺・・・。
 しかし、一度口にしてしまうと、心の澱が少し軽くなる。楽になる。
 そう、本当に日向はなんで俺と一緒にいるんだろう。
 ・・・いてくれるんだろう。
 要は俺が一人ぐるぐるしてるだけなんだろうか。
 反町と若島津は、どう接していいかわからないと困った顔で、だんまりこくっている。
 なんだかそれが安っぽいメロドラマみたいな光景だなと思ったら、馬鹿馬鹿しくなってきて、俺はくっくっと咽で笑ってしまった。

 「なーんてな。びっくりしたか?」
 「え?」
 「さあ、続き飲もうぜ!日向いないし、今日は二人とも泊まってくんだろ?そうだ、実家から送ってきたチーズあるんだ。今きってくるからよ」
 
 冗談きついよ〜と反町が笑い、若島津はむっつりとグラスを一気に空けた。
 なんとなく、二人とも単なる冗談とは思っていない空気を背中に感じたけど、お互い長い付き合いでその場はなにもなかったように過ぎていくことだろう。
 俺の気持ちが、彼等の口から日向に伝わる前に、本当は自分で言わなくちゃいけないんだけどな。
 

 
 
 早々に酔いつぶれてしまった反町を、若島津と二人で俺の部屋のベッドに寝かせた。
 リビングに戻り、空の瓶を片づけながら冷蔵庫のエビアンを若島津に放り投げる。

 「どーする?もう少し飲むか?」
 「そうだな。まだ酒残ってるし」
 「わかった」

 若島津の前に腰をおろし、エビアンのペットボトルを受け取り、ぐびぐびとラッパのみする。
 その俺の姿をじーっと若島津がみつめているのを感じた。
 
 「なんだよ?」

 「いや・・・さっきのさ」
 「あん?」
 「松山はいろいろ考えるところがあんのかもしれないけど、あの人の思ってることも正直なとこだと思うよ?」
 「・・・・・・・」
 「日向さんが、おまえと一緒になるまでにどれだけ大変だったかって思えば、その〜なんだ。しなくてもだ、十分なんじゃないのかな。だってお前と暮らせるんだぜ?」
 
 お前が照れてどうするんだよ、とつっこみたくなるくらい、若島津には珍しく顔を赤らめながら言う。
 やばいなあ、変なこといっちまったなぁ俺も。
 やっぱり若島津には冗談では通じないよな。
 今さらながら、恥ずかしくて顔が熱くなってくる。

 「多分、そんな姿みてるだけで楽しいんだと思うよ日向さん」
 「・・・・・あほ」
 「あ〜あ。俺が日向さんだったら、松山が嫌がってもするのになぁ。試してみる?」
 「ば、ばかしまづ!!!死ね!!!!」

 ようやく酒もなくなり、流石にねることにした。
若島津にベッドのある日向の部屋を勧めたが、夢見が悪そうで恐いから、リビングのソファーで寝ると言う。
 俺の部屋で寝てる反町から一枚ふとんを剥ぎ取り、枕は日向のやつにカバーを付け替えて若島津にわたす。
 ソファーに横たわるのを確認して、電気を消し、俺は日向の部屋に入った。
 
 あんまり気にしてなかったけど、日向の匂いがする・・・。
 ベッドに横たわると、日向が側にいるみたいだった。
 ほっとする落ち着く匂いに、俺はふとんを頭までかぶって丸くなる。
 そう、本当は、抱かれたくないわけじゃない。むしろ、俺は求めてる。
それを知られるのが恐くて。どうにかなってしまいそうで。だからやっぱり俺自身の問題なんだと思う。
 だけど、気になるのはさっき若島津も言っていたこと。
 どうして無理矢理やんねーんだ?
 なしくずしにしちゃってくれればいいのに・・・なんて、絶対俺の口から言えないけど。
 ごろんと寝返りをうって、頭にこつんと何かが当たった。
 手を伸ばしてソレを引き寄せてみる。

 入れ場所のなかった、もう一枚のCDケースがそこにあった。


   

              つづく。


 はい、相変わらずつづきます。ごめんなさい。(01.06.04)