<松山光の理由>
風邪だと思って医者にいったのに。
超びっくりだ。
たしかにずーっと腹が痛いなーとは思ってたけど。いつもよりちょっと痛いかなーくらいだったけどさ。
昨日の晩は確かに痛くて。でも我慢できねえほどじゃねえからそのまま過ごしたら、今朝はもう痛くもなかったんだよなー。
今晩は飲み会だし、こういう腹痛がずっと続くのもヤだなと思って、珍しく病院なんてくる気になった。
オフになってこれから毎日、日向にブツブツ言われるのもなんだったし。
まあ、風邪だろうから薬もらえればいいやくらいの軽〜い気持ちで、ウチから一番近所の病院にした。
医者ってところ、特に内科は滅茶苦茶混んでるって日向がいうから、朝イチできたら割と空いてた。
思ったよりも早く俺の診察の番がやってきて、診察室の椅子に腰掛けると先生に問診される。
「今日はどうしました?」
「10日まえくらいから、ずっと腹痛いんですよ。風邪だと思うんですけど」
「どのあたりがどんなカンジに?」
「このへんがー。ちくちくっていうかー。うーん、ほんと風邪だと思うんですけど」
「今も痛いの?」
「昨日の晩が一番痛かったんですけど、いまはもう。だから風邪かなって」
先生が、口の中を覗いたり、俺の上着を脱がせると聴診器をあてたりして、首をかしげてなにやら書き込んでいる。
「風邪・・・ではないですねえ。もう10日・・・うーん、ちょっとそこに横になって」
なんだ、風邪じゃねえの?俺は言われた通りに仕方なく診察台に横になる。
「膝を曲げて、そう。ここ、痛くないですか?」
先生が右の腹の下あたり、太腿にもう近いところを押される。そら、押されれば痛い。
だって、けっこうぐいぐい押してるんだ。
「痛い・・・ですけど?」
「こうやるのと、ここをこうするのとでは?」
言われりゃ違うような気もするけど・・・。別の箇所とか押されるけど。そういうところはあんまり痛くないか。っていうかどこが痛いとかあんまり特定できねえ。右下の箇所がすんげえ痛いかって言われればそうでもないし。ホントにわからなくなってくる。
「あー、痛いかなぁ・・・」
「たぶん盲腸だと思うんだけどねえ・・・。あんまり痛くないみたいだけど。一応血液採らせてもらってもいいかな。あと尿と」
「はあ」
盲腸?俺が?全然ピンとこねえ・・・。とりあえず、指示通りに血をとられたりして、ほんの少し結果がでるまで待たされた。
「松山さん、こちらへどうぞ」
「はい」
もう、すっかりどこも痛く無くなってしまっている俺は、再び先生の前に座る。
「えー、結果、白血球が異常に増えてます。盲腸ですね。すぐに手術しますんで、これから検査します」
「・・・手術ですか?えっと・・・、一度ウチに帰ってもいいですか?」
「ダメです。誰か家族とか・・・あなたは一人暮らし?」
「いや、同居人がいますけど」
「じゃあ、その人に連絡してきてもらってください。準備はその方にお願いしますから。じゃあ連絡終わったら、ここの窓口に戻ってきて下さい」
「はぁ・・・」
仕方なく俺は日向に電話をかけた。
こちらでは親代わりにいろいろマネージメントしてもらってる、クラブの田中サンにも電話をかけた。
富良野の実家にも電話をかけた。
それぞれの反応は、日向はとりあえずきてくれるらしい。田中サンが一番慌てた様子で、やっぱりここにくるらしい。何も心配いらないから、と電話口で叫んでたけど、一番心配だ。
ウチの親は、盲腸だったら別に行かなくてもいいわよね、だって。まあ、いいけど。
一通り連絡し終えて診察室の前に戻ると、待ち構えてた看護婦さんに連れまわされる。レントゲンとかなんとか・・・。うーん、ほんとに手術なのか・・・?
全然そういう心構えがないんですけど。
あれやれ、これやれ、というように指示されるまま着々と準備が進んで行くようだ。
大部屋の一つにとおされ、ベッドに寝ているように言われた。服も手術着に着替えさせられた。
左右3床づつ、6つあるベッドの一番窓側におさまり、ふと視線に気がついて顔をあげると向かいのベッドにいた高校生くらいの男の子が、俺の顔をまじまじとみている。
「松山・・・光サンですよね?」
「え?うん、そうだけど」
「やっぱり!!!お、俺、ファンなんです!!!」
興奮したように彼が騒ぎはじめる。
その声にほかの人たちもなにやら言いはじめた。ああ、松山ってサッカーの、みたいな。
「こんな地元の病院で会えるなんて!夢見たいッス!!」
「どうも・・・」
場所が場所だけに、俺もどう返していいかわからねえ。しかもこんな格好で。どうにもこうにも居心地悪いし。
それでも騒ぎ続ける高校生と、知らぬ間に俺のベッドの周りに集まってきたほかの患者さん、隣の病室とかからも騒ぎをききつけて人が鈴生りに覗き込んでいる。
俺は見せ物じゃねえぞ!!と叫びかけると、急に周りがしんとなる。あれ?
「おい、大丈夫か?」
日向が看護婦さんとともに入ってきたところだった。
騒いでいた人々の口が一斉に噤まれる。しかし、視線は全て日向のカラダに集中している。
そーだよ。俺なんかより、こいつのほうが有名人だもんな。
「じゃあ、こちらへ」
看護婦さんが俺に起き上がるように促す。なんだぁ?
てきぱきと荷物、つーても脱いだ俺の服だけど、それらを抱えるとスタスタと大部屋を出て行く。
わけもわからずついて行く。日向が、俺の後につきながら、呆然としてしまっている患者さん達に、お騒がせしましたと、頭を下げていた。
連れて行かれたのは奥の方にある個室だった。
はいっていくと、汗をふきふきしながらウチのクラブの田中サンがほっとしたようにこちらを向いた。
「よかったー。松山君、大部屋に入っちゃったって聞いて吃驚しちゃったよ」
「スイマセン」
「入院中のこととか、手続きとか後のことはこちらでやるから心配しないで、治療に専念してください。御両親にもこちらから連絡していたからね」
「御面倒おかけします」
「ずっと痛かったんだって?もう、無理しちゃいけないよ」
「イヤ、でも今はそんな痛くないし・・・」
「とにかく、丁度オフだし、ゆっくりして。えっと・・・身の回りのことは・・・」
日向がついっと俺の前に出る。
「それは俺がやるんで」
「そ、そうかい?じゃあ、日向さんにお任せして・・・。それじゃ僕はこれからのことこちらの病院と打ち合わせしてくるから」
「はい、よろしくお願いします」
俺がぼーっとしてると、かわりに日向が返事してくれた。
ばたばたと看護婦さんや、田中サンが出て行き病室に日向と二人になった。
「・・・・っと」
「おまえなー。吃驚させんなよな」
「俺が一番吃驚してんだってば!」
「2時から手術なんだって?」
「うん」
「まあ、盲腸なんて手術のうちにははいんねえみたいだから、安心して受けてこい」
「なー、切らなくてもいいと思わねえ?だって今痛くねえのによー」
「まあたまにはベッドの上で大人しくしてるのもいいだろう」
日向はてきぱきと用意してくれたらしい小物とかを取り出した。
浴衣みたいのもある。
「何、ソレ」
「寝巻き。聞いたら腹切るんでパジャマとかゴムはいってるよーなやつじゃねえほうがイイらしいから。歯ブラシとかタオルはこれな。あと・・・」
「日向、ごめんなー」
「ん?」
「なんか・・・もう・・・」
ぽんぽんと日向に頭を軽く叩かれる。何か言い返そうかと思ったけど、面倒臭いからやめた。
ノックの音がして、看護婦さんがなにやらワゴンに乗せて入ってきた。
「もうすぐなんで、コレ飲んで下さいねー。精神安定剤」
ふーん。手術の前ってこういうの飲ませてくれるんだ。ほんと入院とか手術ということ自体が初めてだから、いちいち気になってしまう。
ごくん、と差し出された水とともに飲み込んだ。
「はい、じゃあ横になって下さい。じゃあちょっと出ててもらえます?」
「俺?」
「そう、コレやるんで」
看護婦さんが日向に出て行くように声をかけた。なにするんだ?
そして日向はなにやら見せられて納得したように、うなずいた。そして俺ににやりと笑う。
「俺がかわりにしてやってもいいんだけどな」
「?」
笑いながら日向が出て行くと、俺は手術の為に必要な―――。
看護婦さんが結構オバサンでよかった・・・。
ベッドから手術室へ台に乗せられ移動だった。
うわ〜〜〜、ほんと病人みてえ!!こーゆーのドラマで見た!!
・・・俺はこの期に及んでもまだ手術をうける実感がわかない。
がらがらという音とともに、天井が動く。そばを日向が同じ早さでついて歩きながら俺の顔を覗き込んでいる。ちょっと心配そうに。その顔を見たら、なんだか俺もドキドキしてきてしまった。
腹・・・切られるんだもんなあ。
手術室の扉が締められ、俺は台から手術台の上に移動させられた。
そして、背中を丸めるように言われる。背骨に2本。部分麻酔の為の注射がうたれたんだけど・・・。コレが滅茶苦茶痛かった!!はっきりいってこの一連の腹痛からの痛みの中で一番だぜ。くー。
そして仰向けに戻される。頭上に見えるのは照明。
部分麻酔ってことは、最中ずっとこんな感じでハナシ声も聞こえるんだ・・・と、おしゃべりをしている執刀医とかの声をぼうっと聞く。手術って静かにやるもんじゃねえのかよ。
足の裏をさわさわとされる。
「感覚ありますか?」
「触ってるようなカンジはします」
気がつけば、下半身が重いカンジ。でも全然感覚がないってわけじゃなくて、人が触ってるとかそういうのは分かる。
何度か確認されると、じゃあ、いいかな、という声が聞こえた。いよいよらしい。
結構俺が平然としてるからか、それを緊張してるととられたのか、割と親し気に執刀医(院長センセイというおじいさんだった)が話し掛けてくる。
「じゃあ切りますよー、はい、今メス入れました。痛いかな?」
「痛くないです・・・」
でもなにかが触れてるって感覚はある。すげーへんな感じ!
痛くはないからアレだけどさぁ。
「ひっぱられてるような感じでしょ」
「はい」
「盲腸っていうのは中のほうにあるからね、今上にかぶさっている部分の腸をだしてるところ」
うえ〜〜〜〜〜〜〜。実況中継いらねえっつーの!!なんなんだよもう!
思わず眉間に皺がよっちまう。見上げてる磨かれた照明にも、その下で行われてる俺の開腹の様子が映ってるようにも見える。そりゃはっきりじゃねえよ、なんとなく・・・色が・・みたいな;;
スプラッタ、あまり得意じゃねえんだ俺・・・。一気に気分が悪くなって顔を背けたら、横に立っていた看護婦さんが俺の口元にステンレスの皿を置いた。
「気持ち悪かったら吐いちゃっていいですからね」
絶対、顔が青くなってると思う。脈も早くなってると思う。
かちゃかちゃという音を聞きながら、手術が終わるのを必死になって待っていた。
「ああ、これは・・・随分我慢してたねえ。かなり爛れてるよ。はいじゃあ摘出終わり。痛み、かなりひどかったんじゃないのかい?」
「・・・いや・・・・それほどじゃなかったし」
返事なんかしてる場合じゃねえんだけど、思わず答えてしまう。
「君はずいぶん痛みに対して強いみたいだけど、腹膜炎おこしかけてたから。こんど何か痛いところがあったら、すぐにきなさい、すぐに!わかったね?」
「はい・・・」
また、ぐいぐいとなにか押される感覚がして腸を戻したらしい。実況中継があったから。
患部を縫い終わって、手術も終わった。
さすがに俺もグロッキーになっていた。気持ち悪いし、もう何も考えるのはイヤだ。
そのまま個室に戻される。
点滴を腕に刺された。点滴が終わりそうな時、あと今晩は痛みがあるかもしれないから、そのときはすぐに呼んで下さいと、ナースボタンの使い方を言われた。
誰もいなくなると、日向がベッド脇に座った。
「お前、かなりひどかったみたいじゃねえか。かなり爛れてたってよ。ふつー、もっと痛がるもんだって。ちょっと鈍いみたいだから、周りが気をつけろって言われたぞ。鈍い鈍いと思ってたけどなぁ・・・」
「・・・うるせえよ」
「俺の前では無理すんな。今後、またこんなことになったら・・・」
「もう・・・寝る」
日向の声がだんだん遠くなる。ほんとに眠いんだ。
気がつくといつのまにか真っ暗で。ぼんやりと時計をみたら10時くらい。
でもあたりはしーんとしている。
日向も帰ったみたいで、暗い部屋に一人だ―――。
切られた患部が熱をもったみたいにズキズキと痛い。手術してからのほうが痛いことばっかりじゃねえか!
これくらいなんでもねえ・・・と言いたいところだけれど、本気で痛い。痛いのもそうだけど、頭もガンガンして眠れそうにない。どうやら痛みで目が覚めてしまったようだ。
一生懸命痛みを忘れようと、ほかに意識を反らそうとするんだけど、どうにもこうにも・・・。
誰もいねえから・・・いいか。
そろそろと手を延ばしボタンを押した。看護婦さんがすぐに来てくれる。
俺は座薬を入れられた。ああ・・・。
日向には黙ってよ・・・。
|