Love is Everything (3)

 
 

 やっぱり。ほら、こんな所だ。
 三杉のベンツで連れられてやってきた店は、やはりかなりグレードの高そうな店だった。
 普段なら絶対こんなカッコウじゃ入れない。
 しかも余程の顔なんだろう、ランチタイムはとっくに過ぎ、ディナータイムにはまだ間があるこんな時間に、まるで当然の様にテーブルは用意されてしまう。
 そして店内には他の客はおらず、貸し切り状態である。
 なんだっけな、ゴッドファーザーでこんなシーンあったよな。あれはワンスアポンナタイムインアメリカだったっけ?

「適当に」

 そりゃそうだ。
 こんな時間に来られても出せれるものは限られるだろう。
 よく教育された店員は、店にそぐわないよれよれの格好をした松山にイヤな顔をするでもなく、見たこともないようなワインを恭しく注いだ。
 
「ワインやだ。ビール。黒ラベルね」

 そんな松山の子供じみた我侭にも、三杉は眉一つ動かさない。
 畏まりました、と店員は頭を下げる。
 松山は椅子に膝をたてて座り、目の前の紳士がワインを飲むのをおもしろそうに見つめている。

「なあ、三杉。なんで俺誘ったの?オフなら他にすることあるじゃん」
「なんでだろうね。でも松山も暇だったんだろう?」
「んー、そうかな」

 松山の前にビールが置かれる。
 へぇ、驚いた。ちゃんと黒ラベル。言ってみるモンだ。

「日向はどこへ?」
「あー、名古屋。なんか写真集だかのプロモーションだって。あと、ほら、この前のオールジャパンのやつ。あれのも一緒にやるっつーんで、岬もいってるらしいぜ。俺も来週札幌でサイン会だってさ〜。三杉もどっかいかされるんだろ?」
「ああ、あれね」

 松山はパンかわりのグリッシーニをぼきぼき食べながら、店のなかをきょろきょろ見回している。
 
「ねえ、日向の話してよ」

 なぜだか知らないが、三杉はよく松山に日向の話をねだった。
 嫌味で聞いているわけではないようだが意図がつかめない。
 しかし別に断る理由も無い。

「なんの話がいい?」
「なんでもいいよ。日向の事なら」

 三杉は松山のグラスに注がれてしまったワインを飲みながら、松山の話を待っている。
 そんな話きいてどうするんだろう。
 松山は少し考え、食べかけのグリッシーニをテーブルの上に置く。
 
「・・・日向さぁ、以外とロマンチックなんだよ。月が好きとかいって。それも日が落ちる間際の夕暮れどきのまだ白い満月が好きなんだ」
「ふーん」
「そんな満月を隣で一緒にみたことがあるけど、『涙がでそうになる』っていってた」

 俺にはよくわかんなかったんだけど。と少し悔しそうに松山がいう。
 日向にしては色っぽいねと三杉は言った。
 それに対し、松山が片眉をあげて三杉を見つめる。

「三杉も日向のこと好きなんじゃねぇの?」
「も、って他にも誰かいるのかい」
「若島津。あいつもなんだか日向のことばっか気にするんだよなぁ・・・」
「別に僕は日向に興味があるわけじゃないけどね。君が話してくれるのが好きなんだよ」
「へんなの・・・。三杉ってやっぱり変わってる」

 本当にわけがわからない、という顔の松山を、少し淋しげに三杉はながめたが松山は気付くはずもない。
 松山とこうしていたいなら、絶対に気があるそぶりをしてはいけません。
 暗黙の了解。
 もしも好きだといったなら、松山は笑っていうだろう。

『だっておまえは日向じゃねえもん』

 三杉は、松山の為にもう一本ビールを頼む。
 香草と貝のサラダは体中の血液がきれいになっていくようだったし、バジリコのソースがかかった舌平目は新鮮。
 更には二人の前に熱々のラヴィオリが置かれた。
 待ちかねたように松山がはしゃぐ。

「なあ『おなかがすいてる時は、ステーキが食べたくても目の前のラヴィオリで我慢しなさい』って台詞があった古い映画知ってる?」
「・・・『サマータイム』だろう?」
「好きなんだラヴィオリ」

 松山はニコニコしながらラヴィオリをたっぷり自分の皿に盛り付けると、熱そうに頬張った。誰がラヴィオリだって?

「日向はラヴィオリ好きかな?」
「さあ・・・。ステーキのほうが好きなんじゃねえの」
 
 松山は何がおかしいのかまたくすくすと笑いはじめる。
 欲張りな彼は、美味しそうにラヴィオリを食べながらも次の皿の心配をはじめる。
 もう魚は十分。肉が食べたい。
 
「後でステーキもでるから」
「ほんとー」

 三杉はケタケタ笑う松山の皿から、たっぷりチーズのかかったラヴィオリを食べる。おいしいだろ?と松山がほくそ笑む。
 三杉はそこで初めて少し微笑んで返した。
 
「ああ、そうだね」

 松山といると不思議に穏やかな気持ちになる。
 かざしたワイン越しにあのチェシャ猫のような松山が笑っている。
 こんな性悪を愛しいと思ってしまう日向の気持ちが、わからないわけではない三杉は苦笑する。
 ほんとに大変だよ。日向、君と僕、どちらが幸せといえるんだろうね。
 松山は自分をラヴィオリにしかみてくれないけれど。それでも・・・。

「だけどね」

 目が笑っている。同じこと考えてる。
 二人は殆ど同時に口を揃えた。

「やっぱりステーキの方が好きだけどね」

 無関心を装おう事を得意とするあの店員が振り返る程、二人は楽しそうな声を上げて笑いあった。
 同じ事を考えながらも、二人の思う先は決して交わる事のない平行線だけれども。
 メインディッシュの子牛のヒレ肉は、また二人を笑わせるには十分だった。
 松山が笑っている。







「そりゃあ無理でしょ」

 岬はこともなげに言う。ファッションビルの中にある多目的スペースの小さな控え室。
 
「松山にじっとしてろなんて、無理にきまってる」

 出番までの短い時間。
 ウーロン茶のボトル。紙コップ。
 日向のマネージャーでもある松本女史は最後の打ち合わせにでたっきり、ここにはいない。岬と二人っきり。
 ガタイのいい日向と、人並みな岬の押し込まれる部屋にしては小さすぎる。
 部屋の温度が2、3度上がってるような気さえする。
 こんなときに話す事なんて決まってる。

「松山はいってくれるんでしょ?一番好きだって」
「ああ、一日一回は言ってる」

 岬ははいはい、と半ば呆れて日向をこずいた。
 けして日向は自惚れているつもりなど無い。
 自分の恋人は恋愛に厳しい。
 毎日愛してるから、毎日いってくれるけど松山が言ってほしい時にもそれを察して、愛してるってちゃんといってやらないといけない。
 松山に言わせればそれは恋人の義務なんだそうだ。
 愛してるって言えないなんて、愛して無いのと同じだって。
 松山は日向の恋愛におけるスパルタ教師でもあるのだ。

「だけどよー」

 それでもやっぱり納得いかないことがあるんだと、日向がぼやいてみせる。
 岬はソファーの背もたれに大きく寄り掛かりながら愉快そうに、そんな日向を見つめていた。
 小学生からの付き合いだ。
 色々お互いに知っているし、一緒に経験してきた。
 しかし恋愛に関しては自分よりかなり淡白だと思っていた日向が、松山との事はどうも違うようなのが岬には愉快でたまらなかった。
 
「お前なら平気なわけ?好きな人が他で誰かと寝ていたとしても」
「全然違う」
 
 岬は紙コップを日向の方に押しやりきっぱりとそういった。
 
「全然違う。僕の好きな人と松山を同じように語るのはナンセンスだ」

 日向の意義申し立ては簡単に岬に押し戻される。
 
「僕の好きな人が、松山みたいだったらなんて話は意味が全く無い。だったらそれはその人じゃないんだから。僕が恋する必要もない」
「だからもしもって・・・」
「わからないやつだなぁ、小次郎。もしもがある人には僕は好きにならないんだよ。僕はいまのあの人にしか夢中になれなかったし、小次郎は愛してるっていってキスしてくれるけど、ひらひら飛び回る松山をわざわざ選んだんだろ?」

 日向は口をへの字に曲げ、床の汚れを足でなぞっている。
 わかってるさ、俺だってそんくらい。
 俺には松山しか見えないのに。松山しかいらないのに。
 なんで松山は俺だけじゃ足りないんだろう。
 それが何か理不尽な気がする。そうは思わないか?なぁ。
 岬はにやにやしながら、それでもやっぱり松山がいいんでしょって言う。そうなんだよ。それが一番の問題。
 いろんな欠点があって、嫌いなところも悪いところもいっぱいあるけど、それでも松山しか愛せない。
 変だ。
 
「そういうの小次郎、なんていうかしってる?」
「なに?」
「惚れた弱味」
 
 溜息まじりに、そうだよなーとうなづく。
 確かにそれ以外のなんでもねえよなぁ、岬が隣で嬉しそうに笑う。
 やかんにさ、注ぎ口がなきゃいいのにって愚痴ってるようなもんだよ。だったら鍋を買えばいいのにね。
 変なの。割り切れないことだらけ。

「お待たせしました。おねがいしまーす」
 
 イベントスタッフが顔をだす。ようやく仕事だ。
 二人はのろのろと立ち上がり、同時に伸びをした。
 日向はコキコキと首を鳴らしながら、岬を振り返る。

「・・・方程式を解くみたいにはいかねえもんだな」
「そりゃそうでしょ。随分いろんな方程式を知ってるハズなのに、どんな公式でも好きな人は解けないんだよ」

 足せない、引けない、割り切れない。
 1たす1は2にならない。
 マイナスだったり、100だったり。本当に恋は難しい。
 数学は得意だったはずなのに。
 岬は日向の肩をぽんと叩いた。

「でも、小次郎。一度ちゃんと松山にぶつけてみたら?案外、小次郎の方からはちゃんといってないんでしょ。松山に丸め込まれちゃって。まあ、頑張ってよ」

 そう高らかに言って先に歩きだした。
 答えはでない。答えなんてはじめからないのかもしれないし。
 日向は少しばかりの失意と、なんとなくの清清しさを感じている自分に頬がゆるむのを感じた。
 変だな、それでも好きなんだって。
 諦めきれない想いが沢山ありすぎる。
 ぐだぐだいっても変わらない。気持ちはいつも変わらない。
 秒が分になり時間は永遠になる。少しづつ、少しづつ。
 松山に会えた事を感謝しよう。
 日向はもう一度大きく伸びをした。



////////////つづく////////////////


 そろそろ、いーかげんにしなさい!!と声がきこえてきそうです(爆)(01.07.03)

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