Love is Everything (4)

 
 

 イタリア人を気取ってゆっくり食事をとっていたら、すっかり外は夜だった。
 白い月が頭の上にある。閑静な住宅街。
 緩やかな坂を松山と三杉は二人して歩く。

「なあ、三杉?」
「うん?」
 
 横を歩く松山が立ち止まる。
 気付いた三杉が振り向くと、松山の腕が首に回されキスされる。
 一度深く重なって、唇が離されると、そのあとは互いについばむようなキス。

「どうしたの?」
「なあ、三杉は俺とキスしてどんな気持ちになる?」
「んー、したいな、って思うかな。
誘ってるの?」
「・・・俺はさぁ、よくわかんねーんだよ。キスは嫌いじゃ無いし、そういう風に思う時もあるけどさ。だけど、・・・日向とするとすごい胸が弾けそうになるんだ。どうこうじゃなくて、もうただ、ここが」

 松山は羽織っている日向のシャツの胸元を、ぎゅうっと握っている。
 そう、わかんない。大好きすぎてわかんなくなる。
 なのに、なんで俺は日向だけじゃ足りないんだろう。我慢がたらないのかな。
 考えた事なかったけど、日向はどんな気持ちなんだろう。どうなんだろう。

 なんでもないようにいつも笑って、我侭で、勝手にしている風な松山だったが、最近こうなることが多い。
 電池が切れたように黙りこくって。泣きそうな顔をして。
 そんな姿を知っているのは、三杉だけ。
 たまらないなぁ、と思いながらも、ぽんぽんと松山の背中をあやすように叩くと、三杉は松山の額にだいじょうぶだよのキスをひとつする。
 そして松山の手を黙ってとると、三杉はしっかり握りなおした手を引きながら歩いてく。
 また、てくてくと坂を歩いていく。


 少し寄り道がしたかった松山の気持ちを察した訳でもないだろうが、自然に二人はいきつけの小さなバーで、楽しいくだらない会話とうわさ話とともに美味しいお酒を飲んだ。
 カクテルも美味しい。音楽も最高。オーナーはすでに顔馴染みだったし、ほかのお客も知った顔ばかり。こんな時間は結構大切。
 一番じゃ無いけど不可欠。
 放っておくと、いつまでもそこに居座りそうな上機嫌の松山を三杉は自分の車に乗せた。
 言われるままに車に乗り、シフトチェンジの邪魔をするほろ酔い松山を気にするでもなく、三杉のベンツは松山のマンションへと向かう。
 御機嫌の松山はよくわからない歌を歌いながら、三杉の肩にしなだれかかってまるでクラゲのようにぐにゃぐにゃしている。

「そんなに酔ってるのかい?」

 ううんと何だかうれしそうに松山は首を振る。

「酔ったふりが好きなんだよ」

 松山はくすくす笑って、助手席で逆さまになっている。
 通り過ぎる人はどう思ってるんだろうと、三杉はふと気になる。
 なんせ、前から見たら白い足がにょきっと二本でているだけで、顔は見えないんだから。
 ダッシュボードの上に投げ出された足が、三杉の握るハンドルの邪魔をする。
 汚れたスニーカー。
 少し、三杉の眉間の皺が増える。
 気持ちよさそうに松山の歌う声が大きくなる。信号待ちの度に松山は三杉にちょっかいをだす。
 肩に足が乗っている。
 三杉は、松山とつき合う人間が皆一様につく、あの大きな溜息を知らず知らずについてしまっていた。
 松山のマンションの入り口に差し掛かった時、急に松山が身を乗り出した。

「日向の車!!」

 松山が指をさす方向には、なるほど、日向の車がとまっている。その年収には似合わず国産の大衆車。
 ここでいいよ、と三杉が車をとめるのももどかしく松山はまだ動いている車のドアをあけ、さよならも言わずに飛び下りていった。
 帰らないだろうと思っていた恋人の帰宅に喜び勇んだ松山には、帽子忘れてるよ、との三杉の声は聞こえて無いのだろう。さっさと松山の姿はマンションに消えてしまう。
 助手席に残るキャップ。
 三杉は一仕事終えたようなちょっとした充実感を抱き、静かに車をバックさせる。
 
───まあいい、今度渡せばいいことだ。ここまでが僕の領分。

 また今度。
 月がとても白い。大きな満月。
 今日は早く帰ってゆっくり眠ろう。
 月が明るすぎて、星は一つも見えない夜だ。
 三杉は小さな声で、松山と同じ歌を歌っていた。







 ドアを勢いよくあけると、冷蔵庫からビールを取り出しソファーに倒れ込もうとしている日向がそこにいた。
 お帰り、と他の誰にも見せた事のないだろう満面の笑みで手をあげる日向に、松山は思いっきり飛びついた。
 
「日向、お帰りッ!」

 お帰り、お帰りと首にむしゃぶりついては何度もくり返す。
 大好き大好き。
 日向はビールをこぼしそうになりながらも松山を抱きとめて、ソファーに押し倒される格好になる。
 
「すげぇ大歓迎だな、俺」
「なあ、ただいまは?」

 ただいま。
 日向は言われた通り、笑ってくり返す。
 松山はうれしそうに、はい、と答える。
 抱きついたまま離れずにいつになく歓迎されている日向は、少し照れながら松山の身体に手を回し、その愛しい体重を支えた。
 心地よい重み。柔らかな松山の髪が顎にさわさわとくすぐったい。

「そんなに淋しかったのか?」

 松山が自分のシャツをきていることに気付き、裾を摘みながら言う。

「ちょっとだけー」

 松山は顔を上げ下唇を突き出してみせた。
 日向の髪を両手で梳き、顔を見下ろし宙にういたままになっている日向のビールに口をつけすする。
 日向がそんな松山の顔をもう一方の手で優しく撫でてやる。

「ちょっとだけかー」
「ううん、本当はいっぱい」

 笑ったままの形の唇で、松山は日向の唇に自分のそれを重ねる。
 柔らかいキス。優しいキスがかわされる。ビール味のキス。
 日向の缶ビールをもったほうの手が空を泳ぎその置き場を探す。
 やっとみつけたテーブルに缶を置くと、両手で大事そうに松山を抱き締めなおす。
 松山の暖かい、待ちかねたようなキスが続いて湿った音がする。

「こんなに喜んでもらえんなら、たまには出かけた方がいいな俺」

 日向は松山の顔を両手で掴み、顔をあげさせ覗き込む。
 
「俺はいいけど、どうなってもしらないぜ」

 キスの途中で顔をあげさせられた松山は、本気か冗談かよくわからない表情で日向をみつめた。
 日向はついどぎまぎしてしまい、一生懸命その瞳を探るのだがちっともわからない。
 松山はにっこりと微笑む。

「離れてたから愛しいわけじゃねえよ。今ここに日向がいるから愛しいんだ」

 日向の指に自分の指を一本一本からめてゆく。
 日向は全然わかってない。こんな簡単なことさえわかってない。
 まだまだ修行が足りねえな。
 もう一度優しくゆっくりと、触れあう一瞬が永遠みたいに感じる程ゆっくりゆっくり唇を重ねた。
 大丈夫。初めての頃にくらべてこんなにキスがうまくなった。
 日向の唇と舌には昔のぎこちなさは影も形もない。舌がからみあって、頭の芯がくらくらする。
 好きな人となら、キスだけでこんなになってしまう。感じてしまう。
 同時に胸もいっぱいになる。
 日向、日向だけで。

 日向の手がTシャツの中に滑り込み、松山の背中を撫でている。

「松山」
「うん?」
「一人にしてごめんな」

 一人じゃ無かったけどね。頭の中で舌を出す。
 日向は松山の躰をいとも簡単に抱き寄せると、身体を入れ替え松山を下にして覆いかぶさった。
 ふと、日向の腕時計が目に入り一時をとっくに過ぎている事に気付く。
 
「日向」

 松山のTシャツを捲りあげようとしている日向が顔をあげる。
 虎に喩えられる精悍な顔。世界の日向小次郎だろうがなんだろうが、こいつは俺のもの。

「昨日も愛してたけど、今日はもっと愛してるぜ」

 日向のびっくり顔を見上げ、満足そうに微笑む。
 なあ、わかってる?今日も明日も愛してる。
 明後日にはどうなっているかわかんないけど、少なくとも今世界で一番愛してる。両腕を伸ばして恋人にしがみつく。
 いつでも松山の愛の告白は突然で、未熟な日向はいつもちゃんと答えられない。
 先に言われてしまったり、まるで日向の心の中を見すかしたように的確な言葉をもっていかれてしまうのだ。
 悔しい。

「ずるいぜ松山。俺の方がたくさん愛してるのに」

 絶対、俺の方が沢山愛してるのに、言葉は松山のほうが沢山もっている。どういっていいのかわからないくらい好きなのに。日向は他人がみたらびっくりするであろう、泣きそうに情けない顔をして言葉を探す。
 松山はそんな日向の様子が愛おしくてしょうがない。
 言葉なんかいらないのに。でもいってやらない。
 一生おしえてやらねえ。コレは意地悪じゃないんだぜ?
 日向はもどかしさのあまり、行動で表すしか無くて激しく抱き締め、松山に捧げたかった言葉の数ほどキスをする。
 心にキスはできないから、耳に、頬に、首に、肩に。
 今の愛しさを表す言葉はどうしてもみつからない。
 伝えたいけどセックス以外でそれを伝える術を知らないんだ。幸せだけど切ないよ。
 皆そうなのかそれすらもよくわからない。
 松山の足が腰に絡み付く。
 なかなか脱げないシャツがじれったい。
 白い肌を赤く染めてやる。
 少し不安になって、松山の顔を覗き込んだらなんにも心配いらないとカラカラ笑うんだろうな。

「松山・・・」

 いろんな思いをこめてその名をよぶんだ。
 松山の指がかちゃかちゃと日向のベルトをはずす音がする。
 

「松山・・・・・・」

////////////つづく////////////////


 え?まだ終わらないの?????っていうかこんなとこで・・・(01.07.05)

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