「絶対、しずかちゃんは悪女だと思うね。バカな男どもは振り回されてるんだ」
「くっくっくっ」
「だってさぁ、普段遊ぶ時はのび太やジャイアンみたいなのに囲まれて、女王様でさぁ。そのくせジャイアンがのび太いじめると『のび太さんが可哀想よ』とかいっちゃって。じゃあ弱いものに優しいのかと思えば、モノとかにつられてスネオのウチにいっちゃったりするんだぜ〜?」
「オマエよく研究してるなあ」
「『今日はデキスギさんと宿題やるから』とか男を使い分ける女なんだよ、しずかは!!男はバカなんだよ!!それを証拠にあんまり女の子の友だちでてこないじゃん」
「そーえいば、サザエさんのかおりちゃんとかは早川さんとか花沢さんとか、ちゃんと女の子同士で遊んでるしなぁ」
「でしょ?もー松山だけだよわかってくれんの!」
ストローを振り回しながら、反町が女性論を論ずる。反町との会話はいつもこんな調子だ。
俺は結構、こういうぶっ飛んだ反町の会話についていけるらしい。反町はいろんな引き出しを持っていて、相手にあわせていろいろ使い分けているようだ。
頭のいいヤツなんだぁと思う。
「日向さんも若島津にこの話振ったって、ぜーんぜんダメなんだもん」
「ドラえもんに興味がねえんじゃねえの。俺、コロコロ大好きだったしさ」
「違うんだよ。そういうんじゃなくて。なんていうのかなぁ・・・あ、きたきた日向さん。ココですよ〜っ」
いたって平和な平日の午後。
なんだかもらいものの映画の券があって、反町を誘った。
手元に券は3枚あったので、反町に誰か誘っていいって言ったのは俺だけど。反町の彼女とからへんがくるのかかぁなんて勝手に考えていたから、日向の姿が見えて思わずため息をついてしまった。
なんだ日向かよ・・・。
この待ち合わせの場所である、古びた喫茶店のコーヒーカップの中にはもう液体はほとんど入っていなかったけど、俺は無意識にカップを口に運ぶ。
そして更にもう一つ溜め息をつく。別に嫌いじゃないんだ。苦手なだけなんだけどさ。
「すまねえ、ちょっと遅れた」
「いやいや全然大丈夫ですよ。まだ時間大丈夫だしね、松山?」
「まあな」
どーしてこの東邦組はコイツに敬語なんだろうなぁ、同い年なのに。日向教とでもいうのかね。もう無意識に奉ってる感じがする。
日向もそれを甘んじて受けてる・・・のかなぁ。
確かに俺もふらのでキャプテンやってたときは、みんな『〜ですよね』口調でみんな語りかけてきてたさ。でもそれは後輩だったし。小田や金田はふつーにタメ口きいてたよな。
「そんでさぁ、松山〜すんごい申し訳ないんだけど・・・」
急に反町が、声色をかえて上目遣いに俺を覗き込んでくる。
なんだか凄いやな予感。
いいながら反町の腰は椅子の座面から浮きはじめている。
「俺、ちょっとマイハニーちゃんと約束ができちゃってさ。悪いけど今日は日向さんと二人で映画みにいってくれないかなぁ?」
予感適中。ばっかやろ〜〜〜〜!!
約束ができちゃって、って俺の方が約束はやかっただろ?だったら最初から断れよ!!
あえて彼女も一緒に連れて来れるように、誰でもいいからっていってやったのに。
なにがしずかちゃんが悪女だ。反町、お前こそ悪人だ!!
頭の中で反町を罵りながらも、実際はむっとして返事もできない。
「ホントにごめんね!この埋め合わせはすぐにするから!」
「もういい!」
「ほんとに、ほんとにごめん!!」
顔の前で両手を合わせながら、こそこそと反町が席から立ち去る。
表情の凍り付いた俺と、わけもわからず突っ立ってる日向が取り残される。友だちなんて・・・。
日向がバツが悪そうに呟く。
「・・・とりあえず俺はここに座っていいのか?」
「・・・いいんじゃねえ」
いましがた反町が座っていた、俺の向い側のソファーに日向がゆっくり腰掛ける。
そして腕時計に視線を落としながら、俺の前に置かれていたコップの水を勝手にあおった。俺の水だぞ、勝手に飲むな!
「映画、何時からなんだよ」
「・・・3時」
「じゃあまだ30分あるな。もう行くか?」
「・・・もう、見なくてもいい」
日向に八つ当たりしたってしょうがないのはよーくわかっているけれど、どうしても口をついてしまうのは不貞腐れた言葉だ。我ながら情けない。
別にすげえ見たかった映画だったわけでもない。ほんとにタダで貰った券だったんだから。
反町ともすげえ遊びたかったわけじゃない。でもひとりで見るよりはたまにはいいかな、って思ってわざわざ誘ったんだ。こういう感情は説明するのが難しい。
ただ、気持ちがざらつく。
「でも勿体ねえじゃん。観に行こうぜ?」
「じゃあ、この券やるよ。今月末まで使えるから、日向も彼女とかといけば?俺、まじもう今日はヤメルわ」
俺は結構我がままなのだ。
よく気が付くとか、面倒見がいいとか、友だち多いとか言われるけどそれは違う。自分の興味あることとか、自分にプラスになることなら余計なお世話ってくらい気を使う。それは単に自分がやることがやりやすくなるように、というからだけなんだ。
本当はかなり人見知りで、エゴイスト。
他人のみている俺なんてほんの一面なんだ。
今日は反町に逃げられたけど、俺も同じ。だから気が合う。いまは腹たててるけど、数日後には俺の方からなにもなかったように、飲みの誘いでもするんだろう。
「松山、おまえこそもともと彼女誘えば良かったんじゃねえの?」
人がせっかくチケットやるっていってんのに、日向が余計なことを言ってくる。
「・・・いたら、反町誘ってねえだろうが・・・」
「いないのか?」
「いねえよ。悪いかよ」
女の子は嫌いじゃない。でもつきあうのは面倒臭いだけだ。かけひきめいたやりとりとか。
今、自分のことで精一杯なのに人のことまで考えていられない。
相手の為に自分の時間を割けることができるような人が、現れればそんときはそんときで。
「俺もいねえ。他に誘うやついねえ。だから松山といく」
「へ?」
「映画、行こう」
「あ・・・、うん」
「そこの映画館だったよな」
言うなり立ち上がるとずんずんレジに進んだ日向が、勝手に会計を済ませた。オマエなんもオーダーしてねえのに。
慌てて俺は財布から自分と反町の分の代金を取り出し、日向に差し出した。
「日向、金」
「いい」
「いいって言ったって、別にお前に奢ってもらうアレじゃねーし」
「俺が映画つきあってもらうんだからここはいい。それよりチケットくれよ」
「・・・・」
まあ、いいか。
日向なりに気を使ってくれたのかもしれない。さっき不貞腐れて日向に八つ当たりしてた自分がちょっと恥ずかしくなった。
日向だって急に反町に誘われたはずなんだ。きっと俺と行く、ってこともちゃんと知って来たんだし。
それを反町が帰っちゃったからって、「ヤメル」なんて言う俺はほんとに我がままだ。
久しぶりのオフだ。ひとりでこのままぐだぐだしてるよりは、日向とでも人と一緒に過ごした方がなんぼか楽しいだろう。
最後まで言い訳がましい俺。
ほんとは一人で過ごすのはやだったんだ。
心の中で「さっきはゴメン」とつぶやきながら、俺は日向の腕に肩からごつんとぶつかった。
急だったので、日向が少し体勢を崩してよろめく。
「おっ」
「しょーがねーなー。日向、おまえは最後までつきあえよ。映画終わったら飲みだ!」
「わかってるって」
館内はかなりの混み具合だった。
なんとか空いている座席をみつけて並んで座った。知らぬ間に日向の手には二人分のコーラとスナック菓子。
当然のように一つを俺に突き出す。
「ほれ」
「サンキュ」
日向ってこんなに気の付くやつだったっけ?
ここにくるまでのエスコート具合(っつーのも変だけど)はたいしたモンだ。彼女はいない、って言ってたけどたまたま今だけなんだろう。
俺がいうのも何だけど、この男らしい精悍さに溢れた外見と、このマメさでは女の子の方がこいつを放っておかないと思う。
反町なんかはすぐに彼女の話したがるけど、日向は一緒に会う時でもほとんどその場にいるだけって感じで、自分のことはほとんど喋ってなかったから、実際プライベートがどんななのかって殆ど知らない。
いままで興味もなかったけど―――。
椅子に深く腰掛け直して、正面のスクリーンに視線をあわせた。
期待もなにもしていなかった映画だったけど、結構面白くて気が付けば最後まで俺は内容に引き込まれていた。
息もつかせぬアクションに夢中になった。
スタッフロールが流れて、館内が明るくなり、ざわざわと周りの客達が足早に出口に向かいはじめた。
「すげー面白かったな!」
思わず、俺は声に出して日向をみて笑う。
はっ、と気付いて鼻を掻く。ぶーたれてたのに何、興奮して喋ってるんだろ。
日向も少し笑っていた。そーいやあんまりこいつの笑った顔ってみたことなかった。
「ん、俺も面白かった」
「・・・だよな?」
なんだか嬉しくなる。
なにが、ってんでないけど。同じ場所で同じ時に感情を共有できたからか、妙に親近感。
試合後の感覚に近いものもあるかな。
普段は苦手だなぁって思う日向だけど、一緒にサッカーしてるときは話やすい。話題の共通項、これって大事なんだ。
だからデートって、映画とか遊園地とかそういう一緒に盛り上がれるものを人は無意識に選ぶのかな。
「そうそう、でさあ、中盤のビルの窓から飛び下りるところがさぁ〜俺マジドキドキして!」
「続きは外でゆっくり話そうぜ。とりあえずでるぞ」
促されて周りを見ると、次回上映を待っていた人たちが入れ代わりに入場しはじめていた。
慌てて日向の後を追い、人の流れに逆行しながら映画館を出た。
もう6時を過ぎていたけど、外はまだ明るい。うーん、と大きく伸びをする。
日向ともっと話がしたい。気付けばそう思ってる俺がいた。
「いきなり飲み・・・つーんでもいいか?」
「オマエの好きなとこ行けよ。今日はつき合うし。―――一度、松山とは反町とか交えずに飲んでみたかったしな」
「そうなのか?」
「反町よりもお前と俺はつき合い長いはずなのに、初めてだな、こーゆーの」
「そーいえばそうだな・・・。よし、今日はとことん飲もうぜ」
「機会を与えてくれた反町に、俺的に感謝だな」
うなずきながら日向が笑う。
意外だった。
日向がそういう風に思ってたなんて。なんだか気分は悪くなかった。
ずっと、コイツは俺には興味がねえんだと思ってたから。2時間前の俺ならまた違う風に感じただろうか。
気持ちのいい雰囲気は、人を性悪説から性善説にかえるものらしい。
ほんと人間って勝手なんだ。
つづく